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長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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2014年 05月 18日 ( 1 )

17日の土曜日

17日(土)、喜多見でY.L.S.の定例学習会がありました。
家を早めに出て巣鴨、新宿、成城学園前と乗り換えて喜多見へ。
時間があったので、駅前のドトールでお茶。

お店に入ると、インストラクターのNさんがサンドイッチを食べていました。
「これからヨーガなのに、食事かい」と、眼で牽制。

しかし、実はわたしドトールに入る前に立ち食いそばを食べていたのです。
ごめんなさい。

さて、授業。
今日は『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』第2章の14節からです。
第2章はプラーナーヤーマとシャット・カルマ編です。
とても面白いところです。

すでに第2章はほぼ完成しています。あとは校正するだけです。
第1章と第2章を合わせて出版したいと思っています。
350ページくらいになりそうです。

もし、出版できたら、自分へのご褒美にインドへ。






わたしの初めてのインド・59

ハリオーム! 成瀬です。
トリヴァンドラムから電車で一気にローナワラヘ。


●ローナワラへ
3月3日。
午前中に海を離れ、トリヴァンドラムの町へ戻りました。
以前泊まった「ツーリスト・ホーム」に。
夕方、民芸品を買いに行きました。象牙は高かったけれど、お土産用にとサンダルウッド製の「しおり」をいくつか買いました。
夜、またビールを飲んでしまいました。おいしかった。ゲプッ。


3月4日。
朝、8時発の電車でローナワラへ。
3月5日は、丸一日電車の中。ファースト・クラスなのでコンパートメント。何人かの個室になっていて、車掌さんが見張っているので、モノ売りや怪しい人は入ってこられないようになっています。
座席も木製ではなく、ビニール製の少し柔らかいシートです。ボケーッとして窓の外を眺めながらの旅は嫌いではありませんが、丸丸一日電車の中は退屈でした。
途中、インド人の中年男性が乗ってきました。退屈なのでいろいろいと話をしました。
髪の毛が伸びていたわたしを見て、床屋に行けといわれてしまいました。大きなお世話だ!  

デカン高原に大きな夕陽が沈んで行きます。地平線に沈む夕陽なんて日本では見られないのではないでしょうか。とても感動的でした。
デカン高原を走る電車。駅でもないのになぜだか電車が止まってしまいます。乗客たちは勝手に降りて身体を伸ばしたりしています。中には立ち小便をしだす人もいます。
インドの電車は自動ドアではないので、勝手に降りられるのです。走り出すときは汽笛を鳴らし、ゆっくりゆっくりと走り出します。乗客は別にあわてもせず、電車に乗ることができるのです。
これがこのインド旅行の最後の旅だと思うと、何とも言えない気持ちです。


3月6日。
朝の9時、ついにローナワラに着きました。長かった! 丸二日間、電車の中でした。
とりあえず、カイヴァリャダーマに行くことに。清水さん姉妹が来て、今、前田先生がローナワラの駅にいると教えてくれました。急いで駅に行ってみたら、待合室には森さんとヴィラジェシュヴァさんがいました。二人とも今までアナンニケータンにいたようです。そして、これから前田先生と一緒にボンベイに行くとのこと。
前田先生は、松田さんが日本に帰るエジプト航空のチケットの予約のために、ボンベイに行くとのことでした。
この日はカイヴァリャダーマに泊めてもらうことに。カイヴァリャダーマは本来ならば、マハラシュトラ州が認めたちゃんとしたヨーガの施設なのに、わたしにとってはホテル代わりです。本当に申し訳ありません。


3月7日。
アナンニケータンにわたし宛の手紙が来ているとのことなので、日帰りで取りに行きました。バス停で久しぶりにケダルさんと会いました。
昨年の暮れ、日本人のツアーでリシケーシに来た大西さんからの手紙がありました。
家からの手紙とシヴァーナンダ・アーシュラムでお世話になったシヴァシャンカラーナンダさんからの手紙もありました。あれから、シヴァーナンダ・アーシュラムの人たちにわたしが手紙を書いていないのでみんながっかりしているとのこと。本当に申し訳ありません。ごめんなさい。


3月8日。
松田さんと一緒にプーナへ。バグワン・シュリー・ラジネーシのアーシュラムに。白人がやたらと多く、中には日本人もいます。数百人はいたでしょうか。弟子たちは皆、オレンジ色の服を着ています。
通常、スヴァーミーがオレンジ色の服を着て、弟子たちは白い服を着るのですが、ここでは反対に、ラジネーシ自身は白い服で、弟子たちがオレンジ色の服を着ています。
庭がとてもきれいでした。いろんな花が咲いていました。こんなきれいなアーシュラムの庭は見たことがありません。思ったほど悪い雰囲気ではありませんでした。
アーシュラムの敷地にはブティックのような売店があり、ラジネーシの写真、ラジネーシの顔写真の入ったペンダント、衣服、本などが売られていました。
そういえば、わたしが日本から一緒に来た人たちはラジネーシのお弟子さんたちでした。全く縁がないというわけではありません。

ラジネーシのアーシュラムを出た後、インドのよくわからない映画を観て、ローナワラに帰りました。アナンニケータンに帰るバスがなくなった松田さんは、カイヴァリャダーマのわたしの部屋に泊まることに。松田さんのいびきがうるさかった。


3月11日。
アナンニケータンに。その夜、前田先生、久保象永さん、松田さん、わたしの四人でお酒。しばらく飲まなかったせいか、酔っ払いました。
前田先生の飲み方なのでしょうか、ミルクを温めてその中にウイスキーを入れるのです。意外とおいしかった。
by preman9798 | 2014-05-18 09:08