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長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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2011年 02月 08日 ( 1 )

久しぶりの風邪…

声が出ません。5日、6日と講義なのに、5日の朝起きたら声が出ないのです。
空気が乾燥していることもあり、軽い風邪をひいたようです。
風邪自体は大したことありませんが、声が出ないのでは講義ができません。
うがいをしたり、喉を冷やしたり、喉の飴を舐めたり、ようやく何とか声が出るようになりました。
UTLでの5日の講義はなんとか無事に終わりましたが、夜、今後のY.L.S.のことでHさんやKさんと打ち合わせがありました。
Y.L.S.が大きく変わろうとしています。
今まではわたしがメインでやってきましたが、これからは若い人たちに任せたいと思っています。
もちろんわたしも全面的に協力させていただきますが、イベントや学習会の企画や運営は皆さんに任せることになりました。
養成コースも計画しています。
わたしが40年近く学ばせていただいたヨーガを、少しでも若い人たちに伝えることができればと思っています。

さて、明日は八雲教室で『インドの叡智』の最後の授業です。
と言っても、内容は『シヴァーナンダ・ヨーガ』を使って、シヴァーナンダさんの話をします。

おかげ様で『インドの叡智』も『シヴァーナンダ・ヨーガ』も出版してから10年も経つのに、ずっとアマゾン書籍販売のヨーガ部門では、上位にランクされています。
ありがとうございます。





わたしの初めてのインド・26

シヴァーナンダ・アーシュラムでクリスマスを迎えることになりました。


●アーシュラムのクリスマス
12月24日。
5時起床。洗顔後、いつものように部屋でアーサナ。寒い中を、長い階段を昇りアーサナのクラスに行ったのに、最後まで先生は来ませんでした。クリスマスだから、また特別プログラムに変更になったのでしょうか。今までもこういうことがあったので、みんなマイペースでアーサナをし、銘々に帰っていきました。
今回のように、時々アーサナのクラスが突然なくなったり、先生が来なかったりすることはありますが、プージャーやサット・サンガが行なわれないという日は決してありません。やはりアーシュラムではアーサナよりも精神的・信仰的なものが重視されるようです。事実、アーサナのクラスはほとんどが西欧人や日本人たちで、インドの人はあまりいませんでした。

この日の朝食はチャナ豆の塩味。ちょっと固い感じがしますが、えんどう豆に似ていて美味しいものでした。ウプマやこういう素朴な家庭料理は、なかなか日本のインド料理店では食べることができないのが残念です。
女性が坐る場所に森さんらしい人がいたので、声を掛けようとしたら、なんと他の日本人でした。ダイニング・ホールの中がうす暗く、森さんと同じような髪型をしていたので、つい間違えてしまったようです。それに、アーシュラムにはわたしたちのほかに日本人はいないという先入観もあったのでしょう。
その女性は小野さん(小野よう子さんといいます。オノ・ヨーコ→ジョン・レノン→リシケーシこの連想はちょっと出来すぎのようですが…)という方で、おおよそ20代後半に見受けました。
小野さんはここに来る前に中近東や北インドを一人で回ってきたということでした。情報がたくさん得られる今日と違い、今から三十年以上も前に女性一人で中近東や北インドを回りリシケーシに来るなんて、凄い女性がいるものです。長い旅のせいでしょうか、化粧っけのない顔は真っ黒に日焼けしていました。
小野さんをOさんの部屋に連れて行ったら、森さんが来ていました。森さんがOさんの部屋に来るなんて、数日前まで考えられなかったことです。何か話をしたかったようでしたが、タイミング悪くわたしたちが入って来たので、森さんは話すきっかけをなくしてしまったようです。少し居てからわたしは部屋を出てしまいましたが、その後は女性同士でいろいろと話をしたのではないでしょうか。

9時半少し前に、井上先生がシャンカラーナンダさんの講義に行こうと誘いに来てくださいました。その途中、井上先生が話してくれたことによると、さっき森さんが来てOさんにいろんなことを霊視してもらい、そのときに、南にいる聖者(たぶん、ローナワラのアナン・ニケータンに居るヴィラジェシュヴァさんのこと?)には会わないほうが良いとOさんに言われたので、森さんは泣きながらOさんの部屋を出てきてしまったとのことです。
森さんはヴィラジェシュヴァさんのことが大好きなのです。それでおそらくOさんにヴィラジェシュヴァさんのもとでヨーガを学びたい、と言うようなことを相談したのではないでしょうか。それなのにOさんに、会わないほうが良いと言われたのでショックだったのでしょう。
森さんからそう聞かされた井上先生もさぞ困ったことでしょう。そのときの悲しげな井上先生の顔が眼に浮かびます。
決して森さんが悪い訳ではないのでしょうが、森さんを中心にいろいろなことが起ります。

今日のシャンカラーナンダさんの講義は、グルやマントラの話なのでとても面白いものでした。しかし、わたしたちがシャンカラーナンダさんの部屋に入ろうとしたとき、いきなりOさんが泣きながら部屋から出てきたのでびっくりしました。なんでも、スヴァーミージーの部屋で瞑想していると「オーム」の字が見えてきたり、インドの神の彫刻のあるドアが閉まっている場面が見え、自分もここまで来たのかと思ったら嬉しくて涙が出てきたと言うのです。

わたしたちがシャンカラーナンダさんの話を聞いているときでした。講義中にもかかわらず、カナダ人の青年が入ってきて、突然シャンカラーナンダさんにイニシエーションを授けてくれと言い出しました。クリスマスなので、記念にとでも思ったのでしょうか。
わたしたちは仕方なくその成り行きを見守るしかありませんでした。
シャンカラーナンダさんはその青年にイニシエーションとはどういうものかということを話しました。もっと普段から修行をしなければならないこと、イニシエーションは弟子が決めるのではなくグルが決めるということなど。
シャンカラーナンダさんにイニシエーションを拒絶されると、この青年はひどい悪態をつき、捨て台詞を吐きながら、部屋を出て行ってしまいました。なんとも嫌な雰囲気が残りました。
この青年のために、Oさんにとっては貴重な時間(30分くらいだったでしょうか)をつぶされたかも知れませんが、正直、わたしには面白いというかとても勉強になったアクシデントでした。

今日のランチは豪華でした。いつものライス、チャパティ、サブジー、ダールに加え、インドのお煎餅パパド、ワダという揚げ物、名前は分からないけれどとても甘いお菓子など。きっとクリスマスだからに違いありません。宗教の違いをのりこえて、アーシュラムでもクリスマスを祝うということに深く感じるものがありました。こういう特別な日やお祭りのときなどは、アーシュラムに滞在していない外部の人たちにも食事が振舞われます。広いダイニング・ホールも今日は満員です。
昼食後、小野さんやインド人家族とトンガに乗ってリシケーシの町へ。わたしは洗濯石鹸とジャムを買いました。一緒に行ったインド人家族の小さな子どもが悪戯でちっともじっとしておらず、ドブに落っこちて真っ黒になってしまいました。ちょっと可哀想だけれど、ざまー見ろ、です。
町から帰って井上先生とチャイを飲んでいたら、Oさんがサリーを着て来たので写真を撮ることに。
3時半、いつものようにシャンカラーナンダさんたちと裏山へ散歩、そして瞑想。

今日はクリスマス。8時から図書館でクリスマス・イベントが行なわれました。どこからこんなにも来たのかと思うくらい大勢の西欧人が集まりました。たしかアーシュラムに滞在している西欧人は10人程度のはずですが、目の前には100人を超える西欧人がいます。そのほとんどがデリーやカルカッタで散々見てきたような、ヒッピーみたいな身なりをしています。インドを放浪していた若い貧乏旅行者たちが、噂を聞いてやってきたのでしょうか。どう見てもまともなヨーガ修行者とはいえません。
図書館には大きなクリスマス・ツリーが立てられ、そこに飾られたイルミネーションがとてもきれいでした。クリスマス・イベントはお祈りから始まり、レコードで賛美歌がかけられ、その後はアーシュラムに滞在する白人たちが中心になってクリスマスソングが歌われました。「ジングル・ベル」「きよしこの夜」「諸人こぞりて」などわたしも知っている曲ばかりでした。
中でも、よくアーシュラムで顔をあわせるあご髭のフランス人がハーモニュームで弾いた「ムーン・リバー」は最高でした。わたしもつい口ずさんでしまいました。
こんな盛大なクリスマスがインドのヨーガ・アーシュラムで行なわれるなんて想像もしませんでした。やはりシヴァーナンダさんのどんな聖者でも敬うという想いに基づいているのでしょう。

井上先生は派手な雰囲気が好きではないということで、最初に少し顔を出しただけですぐに外へ出てしまいました。わたしも途中で失礼してしまったのですが、最後まで居たOさんに聞いたところ、クリスマスの宴も終わりに近い12時頃、日本人の名前を一人一人読み上げて、アーシュラムからケーキを一箱ずつくれたということです。Oさん以外他に日本人はだれも居なかったので、困ったOさんは、一箱をインド人家族に、もう一箱をアーシュラムの子どもたちに、もう一箱を事務所のシャンカールに、そしてもう一箱をわたしたちに日本人用にしたということでした。
他の外国人はケーキを少しずつ、アーシュラムにいる子供たちには小さなお菓子が配られたそうです。なぜ日本人にだけケーキを一人一箱ずつ用意してくれたのかはわかりません。シャンカラーナンダさんの心遣いなのか、森さんがアーシュラム内で盗難に会ったので気の毒に思ったからなのでしょうか…。

クリスマス独特の雰囲気のせいか、何となくセンチメンタルになってしまいました。今頃、日本のみんなは何をしているのか、、、少し淋しい気持ちにかられました。
家族は何をしているのでしょう。恒例のクリスマスケーキでも食べているのだろうか。
悪友たちは? 市ヶ谷塾のヨーガの仲間たちは? 町に飲みにでも出かけているのだろうか。もう忘年会は終わったのだろうか。

11月2日に日本を出て、今日は12月24日。早くも二ヶ月近く経ちました。この二ヶ月間、日本では経験できないようなことを見たり聞いたり、実体験することができました。比較的穏やかな生活をしていたわたしにとっては冒険といっても過言ではないインド滞在でした。
いつまで続くのだろう…。
by preman9798 | 2011-02-08 11:04