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長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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2011年 01月 25日 ( 1 )

1月24日

家族が「気胸」という病気で入院してしまった。
肺から空気が漏れて胸腔に入り、肺を圧迫してしまうそうだ。
その結果胸が苦しくなったり痛んだするとのこと。
昨日、胸腔から空気を抜くという処置をしました。

1時から代々木UTLで『インドの叡智』の勉強会。
第3部の二回目の授業でした。
サティヤーナンダさんのグルについての講演録を読み、
インドの写真やスヴァーミーたちの写真をお見せしました。
古いものは最初にインド行った1977年のときの写真も。
写真の中のわたしも若い!

あと6回(3月7日)でこの第1回目の勉強会も終了となり、
2回目は4月からスタートする予定です。
一人でも多くの人が参加してくださるとうれしいです。
この授業はヨーガという広大な「森」全体をみる勉強です。
その後で、『ギーター』や『ヨーガ・スートラ』などの教典や、
アーユル・ヴェーダなどの木々の一本ずつを学んでほしいと思います。





わたしの初めてのインド・23

アーシュラムでの生活の続きです。
今でこそリシケーシを歩くと大勢の日本人に出会いますが、当時はほとんど見かけませんでした。アーシュラム周辺も今のようにお土産屋さんやレストランはなく、素朴な雰囲気の聖地でした。


●アーシュラムでの生活
12月19日の続きです。
スヴァーミー・クリシュナーナンダにお会いした後、Oさんと裏山にある寺院に行ってみることに。古い寺院の多いリシケーシにしては、比較的新しい建物のような気がしました。寺院の中は広くがらんとしていて、プージャー(供儀、祭祀)をするバラモンの姿もありません。
近所の子どもなのでしょうか、6歳くらいの女の子が弟を抱っこして近寄ってきました。二人とも裸足です。女の子の髪はボサボサで埃だらけ、弟も裸で、正直見た目は清潔とはいえません。しかし、その子たちの笑顔の可愛いこと、ほんとうに心が洗われる思いです。物乞いではないので何かをくれとは言いませんが、あまり可愛いので写真を取らせてもらい、お小遣いに50パイサずつ上げました。
Oさんは祭壇の前で一所懸命にお祈りをしています。中央に祀ってあったヴィシュヌ神の像が強い(霊力がある?)と言っていました。

裏山の寺院を出て、「マドラス・カフェ」というお店に。「マドラス・カフェ」はインドに来る前に、仲間から教えてもらったレストランで、アーシュラムの近くにあります。
レストランらしいレストランがない地域で、外国人も入れるようなこぎれいな作りになっています。実際、当時もお客のほとんどが外国人でした。
そして、このお店はマドラスという名前が付いている通り、北インドでは珍しく南のインド料理が食べられるのです。わたしもこの店でよく南インドを旅行したときに食べたマサラ・ドーサやイディリやウタッパンを食べました。
この「マドラス・カフェ」でライスをもらい、Oさんが京都から持ってきたこぶの佃煮で日本食を食べようと思ったのですが、残念ながら白米はないとのこと。
仕方がないので、昨日わたしが行った、トンガ・スタンドの広場にある小さなお店が並んでいる長屋のような食堂の「ナーラーヤン」へ行ってみることに。
「マドラス・カフェ」とは比べ物にならないくらい粗末な作りの、インドならばどこにでもある茶店兼食堂です。ここでサモサと野菜の天ぷらパコラとチャイを食べました。サモサは揚げたてだったので、とても美味しかった。ライスはあるかと訊くと、アールー・ゴビやサブジーと一緒に出してくれました。アールー・ゴビがとても美味しかったのを覚えています。このインド旅行でいろいろなインド料理を食べましたが、わたしの一番好きなのがジャガイモとカリフラワーのカレー、アールー・ゴビと豆のカレー、ダールでした。これは日本に帰ってからも変わらず、いまでもインド料理店に入ると必ず注文してしまいます。

食後、一度日本語のできるシヴァ・シャンカラーナンダさんのところに寄ってから、三人でバイス・プレジデントであるスヴァーミー・マドヴァーナンダさんのところに挨拶に。マドヴァーナンダさんは、一見恐そうな感じのする眼の鋭い人でした。もちろんスヴァーミー・シヴァーナンダの直弟子の一人です。事務所を出ると、みんなと別れて部屋に戻り少し休みました。
アーシュラムの中には「ブック・ストール(本屋)」があり、シヴァーナンダさんやチダーナンダさんやクリシュナーナンダさんの本や写真を買うことができます。当時はここで本を買うと、きれいに梱包してくれたうえに宛名をタイプで打ってくれ、隣の郵便局で日本に送ることができたのです。
今日は本ではなく、シヴァーナンダさんやチダーナンダさんの写真を買いました。41ルピー。日本に帰ったら部屋に飾るつもりです。

3時15分からの散歩は、シャンカラーナンダさんがどこかに出かけることになり、中止になってしまいました。5時15分からの瞑想の時間になってもスヴァーミージーは帰ってきませんでしたので、自分たちで鍵を開けて中に入ると銘々に瞑想をしました。

夕食はキチリというインド風おじやとチャパティとダール。昼食と比べると味も美味しくありません。ここはホテルではなくアーシュラムです。食事について文句や贅沢を言うのは筋違いなのは分かっていますが、夕食だけはあまり口に合わず、ときどき近くのお店に食べに行っていました。
バジャン・ホールでの夜のサット・サンガ。今日はヒンディー語の講義なので、何を言っているのかが分からず、しばらく居てから退出してしまいました。スヴァーミーによってはヒンディー語しかできない方がいるのです。

12月20日。
5時に起きて洗面。少し自分の部屋でヨーガをしてから、6時のアーサナのクラスに。当時のアーサナの先生はスヴァーミー・クリシュナさんでした。ゼネラル・セクレタリーのスヴァーミー・クリシュナーナンダさんではありません。お間違えの無いように。
シャンカラーナンダにシヴァシャンカラーナンダ、クリシュナにクリシュナーナンダ、わたしたち外国人にとってスヴァーミーたちの名前はほんとうにややこしいです。
スヴァーミー・クリシュナさんはアーサナを担当していますが、普段は食堂で働いているとても気さくな方です。まず、スーリヤ・ナマスカーラから始まり、休みなしに次から次に行なうというやり方でした。日本ではゆっくりと静かに行なっていたわたしにとっては、少しハードに感じました。しかし、スヴァーミー・クリシュナさんのやるアーサナが全部できたからか、いちいち「ファースト・クラス!」「エクセレント!」と言ってか褒めてくださいました。
このとき、わたしが日本で何人かの先生に教えていただいたヨーガのレベルが決して低くはないということを実感しました。自分の学んできたヨーガが間違っていなかったということを感じました。

アーサナが終わったら、Oさんが鍵をなくしてしまったと言ってきました。朝食の時間でしたが仕方がないので一時的にわたしが日本からもって来た鍵を掛け、あとは管理人のシャンカールに頼んでスペア・キーを持ってきてもらうことに。Oさんも霊能力者ならば、自分の失くした鍵くらいその力を活かして探せばよいのに…。
それから朝食に。今日はティーとチャナという豆のスパイス煮でした。

朝食後、9時半にシャンカラーナンダさんの部屋に話を聞きに。耳が慣れたせいでしょうか、講義の内容も今日は大分理解することができました。通常の状態→コンセントレーション→メディテーション→サマーディを、わたしたちの英語のレベルを考えてか、とても分かりやすく説明してくださいました。

昼食は、ライスとチャパティ、サブジーにダール。基本的には一汁一菜ならぬ、一汁二菜のようです。昼食はとても美味しくて、安レストランで食べるよりもずっと豪華です。
昼食後、Oさんは失くした鍵を買うためにリシケーシの町へ。わたしはシャツやパジャマや下着を洗濯。
昼食から夕方までの時間帯は暑いせいか、アーシュラムのプログラムや行事はほとんどなくなります。わたしたちもこの時間に洗濯をしたり水のシャワーを浴びたり昼寝をします。また、手紙を書いたり本を読んだりするのもこの時間帯です。
アーシュラムでは、3時にはチャイが出ます。ダイニング・ホールまで階段を上って行かなくてはなりませんが、チャイが飲めるのです。アーシュラムでは二食くらいしか出ないと思っている人が多いと思いますが、シヴァーナンダ・アーシュラムに限って言えば、三食どころかチャイまで出してくれるのです。ただ、それを全部食べるかどうかは個人個人に任せられているのです。これはとても驚きでした。インドに来る前、アーシュラムのスケジュールも食事もすべてが「がんじがらめ」に決められていると思っていたわたしにとってはとても新鮮な驚きでした。個人に、一人一人に任せられているのです。サボろうと思えば、いくらでもサボれるのです。勉強しようと思えば、いろいろなことが学べるのです。
これがアーシュラムでヨーガを学ぶことの意義です。人任せではなく、自分自身の意志で何を学ぶかを決めなくてはなりません。上の人から何かを言われないと何もできないような人は、ただ無駄に時間を過ごすことになってしまいかねません。
しかし、正反対のことを言うようですが、アーシュラムに居るというだけで回りの影響を受け、自分自身が自然に変わっていくことがあるのも事実です…。

3時のお茶の後、再びシャンカラーナンダさんのところへ。裏山へ散歩。そして、山の中で瞑想。今回の瞑想は脚がしびれてあまりいい状態になりませんでしたが、Oさんは佐保田先生よりも力を強く感じたと言っていた。シャンカラーナンダさんの放つ霊的なパワーのことなのだろうか…。

夕食はアーシュラムで食べずに、Oさんと一緒に安食堂「ナーラーヤン」に。ライス、アールー・ゴビ、パコラ、チャイ。ちょっとした定食ですが、これで2ルピー15パイサ。日本円にして70円程度。


夜の10時ころだろうか、部屋で寝ていたら「ドンドン!」とドアを叩く音。なんだろうと思ってドアを開けると、管理人のシャンカールと井上先生が立っていました。先生の話ではハリドヴァールからタクシーに乗り、今アーシュラムに着いたとのこと。森さんも一緒に来たようです。
しかし、今夜はもう遅いので、あまり話しをせずに寝ることに。
by preman9798 | 2011-01-25 10:06