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長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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2011年 01月 13日 ( 1 )

八雲教室勉強会

昨日は八雲教室の後、『インドの叡智』を使っての勉強会がありました。
実は、この勉強会も残すところあと一回となりました。
昨日はオーロビンド、クリシュムルティ、そしてわたしの大好きなシヴァーナンダさんの紹介でした。
次回、最後はシヴァーナンダの生涯の後半と、どのような生き方をされたかをゆっくりと話したいと思います。
どうしても、シヴァーナンダさんの話をすると、感極まって涙が出そうになってしまいます。
歳とともに涙腺が緩んできたのかなぁ…。

昨日の講義ではシヴァーナンダさんの紹介に関連して、わたしが初めてリシケーシのシヴァーナンダ・アーシュラムを訪れたときの話もしました。
それは偶然にも、このブログの後半の「わたしの初めてのインド」の日記とまさしく同じところです。


八雲教室勉強会の『インドの叡智』が終わった後、何をテーマに学ぶのか決まっておりません。
『ヨーガ・スートラ』を学びたいという声も上がっているようですが、
講義の準備をするのにも、資料を作るのにも、大変な時間がかかります。
しばらくはお休みということになるかもしれません。
この教室の人たちはみなさんとても熱心で、毎回質問もあります。
またいつか、一緒に勉強できればと思っています。






わたしの初めてのインド・21

これからしばらくはシヴァーナンダ・アーシュラムでの生活を紹介します。


●シヴァーナンダ・アーシュラム
12月18日。
シヴァーナンダ・アーシュラムの2日目。今日から本格的にヨーガ・ライフをと思ったのですが、疲れが溜まっていたせいでしょうか、珍しく寝坊をしてしまいました。部屋も暗くて静かなので、ぐっすりと寝てしまったようです。でも、何とか7時の朝食には間に合いました。
わたしのいるクティール(宿坊)は斜面の下の方にありますが、ダイニング・ホールは上の方にあります。長い階段を一所懸命上っていきました。
朝食はチャイとウプマという米(小麦?)を蒸かして香辛料で味をつけたものでした。このウプマはほんとうに美味しく、帰国後もいろいろなインドレストランに行ってはメニューを見るのですが、どうしても見当たりません。もしかしたら、レストランで食べるようなものなのではなく、家庭料理なのかもしれません。
チャイもローナワラのカイヴァリャダーマの薬草茶とは違い、薄いとはいえインドのチャイです。
朝食はダイニング・ホールで摂る人や自分の部屋に持って帰って食べる人などいろいろで、夕食のように一斉に食事を摂るということはありませんでした。

朝食の時、Oさんと会ったので、そのまま少し散歩をし、9時半にシャンカラーナンダさんの部屋へ。スヴァーミージーはいろいろなことをお話くださいましたが、正直なところ全部理解できたとは言えません。英語の苦手なわたしたちのために、ゆっくりとていねいに話してくださるのですが、聞きなれない単語や専門的な用語などが出てくると、もう分からなくなってしまいます。ただ、Oさんがテープレコーダーで録音していたので、日本に帰ってから英語のできる人に聞けばどんな内容か分かるでしょう。

アーシュラムで初めての昼食。やはりダイニング・ホールでアーシュラムにいる人が一斉に摂ります。スヴァーミーだけの場所、働いている人だけの場所、女性だけの場所などに分かれて坐らなくてはならないのは昨日と同じでした。
夕食のときと同じように、床に敷かれたじゅうたんの前には空の食器が等間隔に並んでいて、その前に一人ずつ坐ります。やがて、学校給食のようにバケツに入ったライスやカレーなどが次々と配られていきます。その間、わたしたちは「ハレー ラーマ ハレー ラーマ~ 」とマハー・マントラを繰り返し歌って待っています。そして、全員に配られると、スヴァーミー・デーヴァーナンダさんの合図で一斉に食べ始めます。

前の列に坐っているインドの人たちを見ると、チャパティの少しこげた部分を神経質に取り除いている人、わずかに入っているトマトの皮をきれいに取り出している人、そうかと思うと、食べる前にマントラを唱えている人、何の儀礼なのか手のひらに水を掬い食器の回りに回しかける人、などいろいろです。
この日のメニューは、ライス、チャパティ、サブジーと呼ばれる野菜カレー、野菜のスパイス味スープでした。アーシュラムでは三食のうち昼食がもっとも豪勢です。朝食や夕食は質素でしたが、昼食はなかなか豪華です。昨夜の夕食とはまったく異なり、味もとても美味しく、わたしの口に合うものでした。
もちろん、右手だけで食べるのですが、これはインドに来て一ヶ月以上経ちますので、どうということはありません。ただ、食事時間は短く、食べるのが遅い人にとっては落ち着かないかも知れません。しかし、比較的早食いのわたしにとってこれもまったく問題ありませんでした。
これはアーシュラムでは、食事というのは楽しみのために摂るのではなく、修行のための身体を維持していくために摂るという考えが根本にあるからです。
ダイニング・ホールの壁には「キープ・サイレント」と書かれています。ダラダラとおしゃべりをしながら食べるなということでしょうか。そういえば、日本でも禅寺では食事を摂るときに(風呂やトイレでも)おしゃべりは禁じられています。
サブジーが美味しく、おかわりをしました。ライスも日本のお米と違いボソボソしていますが、カレーにはとても合います。
最後はバターミルクという白い飲み物が出ます。バターとミルクという名前から想像するしつこさはなく、薄いヨーグルトの塩味といったところでしょうか。さっぱりしていて、これもなかなか美味しい飲み物でした。なんだかシヴァーナンダ・アーシュラムの昼食が楽しみの一つになりそうです。これでもう少し夕食が美味しければ、何も言うことはないのですが…。
食べ終わった後は、夕食のときと同じように洗い場で食器を洗って返却します。

食後、スヴァーミー・シヴァシャンカラーナンダさんのところに行きました。シャンカラーナンダさんではありません。シヴァシャンカラーナンダさんです。名前が似ているのでややこしく、混乱してしまうかも知れませんが、Oさんがわざわざ京都から会いに来たのは南アフリカからいらしているシャンカラーナンダさんで、シヴァシャンカラーナンダさんとは別人です。
シヴァシャンカラーナンダさんは、昔マレーシアで日本軍の関係施設で働いていたということで、片言の日本語がお出来になります。わたしたちのようにあまり英語が得意でない日本人がアーシュラムに来ると、リセプションの人が気を利かせてシヴァシャンカラーナンダさんを呼んできてくれるのです。
シヴァシャンカラーナンダさんの専門はジャパ・ヨーガということで、わたしも帰るまでに教えていただこうと思いました。面白いことにシヴァシャンカラーナンダさんから、森本哲郎氏の名刺を見せてもらいました。わたしがインドに行ってみようと思うきっかけの一つになった『異郷からの手紙』(ダイヤモンド社)の著者、評論家の森本哲郎氏です。あの本の中にあったように、実際に森本氏はシヴァーナンダ・アーシュラムに滞在されたのだと思うと、少しばかり感銘を受けました。

3時15分に再びシャンカラーナンダさんのところへ。スヴァーミージー、スヴァーミージーの付き人、Oさん、オーストリアから来たという女の子、わたしの五人で裏山に散歩に行きました。途中、キツツキや野生のサルや孔雀に出会いました。森の中を歩きながら、スヴァーミージーはいろいろなことを話してくれました。
シャンカラーナンダさんはやはり今月アーシュラムを発ち、南アフリカに帰るということでした。Oさんがインドに来たのもそのためなのですが、たしかに南アフリカに帰ってしまっては会うのは難しかったでしょう。
森の中の少し広くなった場所で、短い時間ではありましたがみんなで瞑想をしました。敷物もなく石ころだらけの地面に直接坐るので、少しお尻が痛かったのですがとても気持ちよく、あっという間に時間が経ってしまいまた。

散歩の帰り、もうアーシュラムが見えるというところまで来たとき、オーストリアの女の子が鍵をなくしたと言い出しました。
わたしを見るみんなの眼は、「お前も一緒に探してやれ」と言っているようです。たしかにアーシュラムが近いとはいえ山の中ですので、安全とは言い切れません。
わたしのほうも、もしかしたらこのオーストリアの女の子と話ができるかもしれないという下心があったので、一緒に鍵を探してあげることに。
ところが鍵は2、3分もしないうちに見つかり、親しく話をする時間などまったくありませんでした。それでも、お互いにオーストリアから来た、日本から来たなどと二、三の簡単な会話を交わすことができました。わたしがオーストリアで何をしているのかと聞くと、「ウォッチタブル」という返事が返ってきました。聞いたことのない単語です。もう一度同じ事を聞くと、今度は「ウィッチ テーブル」と聞こえました。わたしの頭は「どのテーブル」と訳していますが、なんのことか分かりません。「ウォッチタブル」「ウィッチ テーブル」…。しばらく考えていると、トマト、ポテト、オニオンと野菜の名前を挙げています。それでやっと「ウォッチタブル」の正体が分かりました。「ヴェジタブル」、つまり彼女はオーストリアで野菜を作っていると言ったのです。それにしても「ヴェジタブル」が「ウォッチタブル」「ウィッチ テーブル」とは訛りすぎです。たったこれだけの会話なのに数分もかかっています。それにしても彼女が訛りすぎなのか、わたしの耳が悪いのか、一瞬期待した国際恋愛はどうも無理なようです…。

部屋に帰って身体を拭いて、5時15分からの瞑想に。メディテーション・ホールも上の方にあります。また山門をくぐり、長い階段を上っていかなくてはなりません。良い運動です。これならばアーサナなどしなくても身体は丈夫になるに違いありません。おそらくアーシュラムにいる年配のスヴァーミーたちに取ってこの長い階段の上り下りはたいへんだろうと思いました。
これは後で知ることになるのですが、昔は今のようなコンクリートの階段ではなく、泥を固めただけの手作りの足元の悪い階段だったようです。それを年老いたグルデーヴ・シヴァーナンダさんは一日に何度も上り下りをされたと聞きました。そのことを考えたら、若いわたしが文句を言う資格などありません。

メディテーション・ホールでの瞑想はとてもよい雰囲気です。シヴァーナンダ・アーシュラムの施設は、バジャン・ホールにしてもヴィシュヴァナート・テンプルにしても、どこもオープンで人の出入りが絶えません。一人静かに坐りたいときなどはなかなか適当な場所がありません。その点、メディテーション・ホールでの瞑想は鍵を掛けてしまいますので、少なくともその時間帯は誰にも邪魔されずに坐れます。
瞑想のクラスは少しの休憩を挟んで二回あります。最初のクラスはスヴァーミージーがいらして、そのときはほとんどシャンカラーナンダさんが担当されていましたが、簡単なインストラクションがあります。二回目の瞑想は、なんの指示もなく、ただ暗い部屋の中で黙々と坐るだけです。

夜7時45分からのサット・サンガ。今はサマーディシュラインで行なっているサット・サンガですが、当時はバジャン・ホールで行なわれていました。あまり広くないバシャン・ホールはスヴァーミーや滞在者で満員でした。わたしは部屋でアーサナを行なうと、その日はそのまま寝てしまいました。
by preman9798 | 2011-01-13 09:21