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長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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ワークショップ in 名古屋

10日(日)、名古屋でのワークショップ。
もう何回名古屋に行ったのだろう。
13:30からなので、あまり早く家を出なくてもよい。
東京駅10:10発の新幹線「のぞみ」。

名古屋駅で榊原さんと待ち合わせ。
もうすぐ、三島の加藤照美先生も来る。
ワークショップの後、Y.L.S.の養成コース説明会があるからです。

名古屋はとても寒かった。
天気もどんよりとしています。
曇りなんだか黄砂なのかわかりません。嫌な天気。
そして、市内は女子マラソンのため、交通渋滞。

今回の会場は「湘南シャイズ」。
以前にも使わせていただいたことのある、
今風のスタジオとはだいぶ異なるとても雰囲気のあるスタジオです。
同じ愛知県から豊橋の四ノ宮先生もお手伝いに来てくださいました。
名古屋に来るたびに会える、一緒にインドに行ったことのあるTさん。

今日も大勢の人が参加してくださいました。
前半はプラーナーヤーマ。
後半はハタ・ヨーガの瞑想。
質問もありました。

ワークショップ終了後は希望者で懇親会。
スタジオの近くの安くておいしい中華料理店。
授業の時よりもたくさんの質問がありました。
やはり飲食しながらのほうが気が楽なのでしょう。

今回は東京に帰らなくてはならないので、ゆっくりとできません。
盛り上がっているのに残念です。
駅で切符を買おうとしたら、指定は満席といわれ、
仕方がなく、グリーン席。
グリーン席はこれで二回目。何年振りだろうか。
あ~、もったいない。
少しお金を足せばビジネスホテルに泊まれたのに。

一緒に帰った加藤先生は三島なので「こだま」で帰宅。
こちらはガラガラだったそうです。





わたしの初めてのインド・36

リシケーシに来て本当に良かったです。シヴァーナンダ・アーシュラムに滞在できて本当に素晴らしい体験ができました。


●アーシュラムの生活
1月13日。
もっとヨーガをしっかりと学ぼうという決心もどこへやら。寝坊をしてしまいました。めんぼくない!
部屋でヨーガ。「ナーラーヤン」でチャイ。炊き立てのご飯を密閉容器に入れてもらい、部屋でかつお節とお醤油を混ぜて食べました。おいしかった。半分残しておいて、布団の間に入れて保存。またあとで食べよう。

洗濯をしました。10時からのシヴァシャンカラーナンダさんの話、とても面白い。今日はクリシュナの生涯のお話でした。
昼食はダイニング・ホールではなく、自分の部屋で朝の残りの「かつお節&お醤油」ご飯。布団の間に入れておいたのでまだ温かい。こんな素朴なご飯がとてもおいしい。
インドに長くいてこんな生活をしていれば、日本に帰った後も決して贅沢はしなくなるでしょう。

お土産を日本に送るために荷造りをしました。インドでは小包を白い布で梱包しなければなりません。白い布は森さんが置いて行ってくれたのがありました。自分で小包を白い布で縫いました。自分で言うのも変ですが、わたしは結構器用なのです。
わたしが中学生の頃、細いズボンが流行ったのですが、わたしは母に内緒で、ミシンでズボンの両側を縫って細くしたことがあったのです。多少、左右の幅のばらつきはありましたが、ちゃんとはけるものでした。白い布で小包を縫うなど朝飯前です。
当時、アーシュラムで買った本は、お願いすればスヴァーミーが梱包してくれ、タイプで住所を打ってくれたのです。

わたしはアーシュラム内にある郵便局に行き、本は船便でお願いしました。二か月くらいかかりますが、20ルピーでした。
お土産の入った小包のほうは航空便にしたので、105ルピーもかかりましたが、10日くらいで着くということでした。
アーシュラムの中に郵便局があり、何度も小包や手紙を送りましたが、100パーセント届いていました。アーシュラムだからかもしれませんが、一般に言われているほどインドの郵便事情が悪いとは思いません。

対岸に渡り、レストラン「チョーティワーラー」で定食とチャイとラスマライを食べました。チャイは高いだけあって、いつも飲んでいる「ナーラーヤン」よりも濃くておいしいものでした。
ここのところちょっと無駄遣いが多いような気がします。

5時15分のメディテーションに行こうとしたら、ちょうどシャンカラーナンダさんがカルカッタに行くところでした。リセプション・オフィスの前でマハー・ムリティヤンジャヤ・マントラを唱えながらお見送りしました。
「♪ オーム トリャンバカン ヤジャマヘー ~  」 
二週間ぐらいで戻ってくるということでした。縁があればまたお会いできるでしょう。
スヴァーミージーを見送ってから、あわてて夕方の瞑想へ。
夕食は「ナーラーヤン」でチャイ。ガンジス河のほとりで瞑想。
夜のサット・サンガ、ヒンディー語での講義だったということもあり、わたしを含め、外国人は途中でほとんどいなくなってしまいました。ごめんなさい。
by preman9798 | 2013-03-11 09:28