長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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ありがとうございました。

11日(土曜日)は、Y.L.S.の勉強会でした。
現在学んでいるのは『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の第3章、ムドラーについてです。
アーサナやプラーナーヤーマと異なりたいへん難しく、情報量も多くはありません。
ムドラーの中には誤解を受けるような内容や、実際に行うのは不可能かと思われるテクニックもあります。
しかし、アーサナやプラーナーヤーマだけではなく、ムドラーを含めてのハタ・ヨーガです。
ハタ・ヨーガを学んでいる以上は、少なくともムドラーとはどのようなものなのか、眼を通しておく必要があると思います。

学習が終わった後は、数人の仲間とインド料理店に行きました。決してまずくはないのに、いつも空いているお店です。
『ヨーガ事典』完成のお祝いに加え、わたしの誕生日が数日前であったことなどで、生徒たちにすっかりごちそうになってしまいました。

9月半ばで今年を振り返るには早すぎる気がしますが、長年の希望だった『ヨーガ事典』を上梓することができたり、リシケーシからスヴァーミージーが来てくださったり、とてもよい年でした。
残りの三ヶ月半も、サット・サンガやキールタンと、さらに充実させたいと思っています。

9月25日(第四土)・18:00~・狛江の「トリャンバカム・ヨーガ・センター」でのサット・サンガ、是非いらしてください。






わたしの初めてのインド・7

ハリオーム! 成瀬です。
これからインド観光を兼ねて、アーシュラムを訪ねる旅に出ます。


●ボンベイからデリーへ
朝早く「ラブリー・ホテル」を出ると、お世話になった前田先生とお別れし、サンタクルツ空港から国内線でデリーに飛びました。二時間くらいのフライトだったと思いますが、国内線なので、荷物検査も税関もないので気が楽です。
デリーに着くと、空港に観光客用のホテルやレストランや病院や鉄道駅などが載っている無料の「デリー市内マップ」が置いてありました。デリーは初めてなのでたいへん重宝しましたが、紙の質が悪いのか、地図を何回か広げたり畳んだりしているうちに、折り目のところから切れてバラバラになってしまいました。

デリーはオールド・デリーとニュー・デリーとに分かれていますが、文字通り、オールド・デリーは古いインドの町並みで、イギリスがインドを統治する以前からありました。チャンドニー・チョークという大通りには小さなお店がずらっと並び、人もごった返しています。よく「インドの浅草」「インドの下町」などと言われますが、浅草と違うのは外国人がほとんどいないということです。慣れないと、その雑然とした雰囲気に圧倒されちょっと恐いかもしれませんが、インド庶民の町でとても面白いところです。チャンドニー・チョークから、路地に入るとサリーを売っているお店だけずらっと並んでいるところがあったり、また違う路地を入ると銀細工専門の小さなお店が何軒も並んでいたりします。

反対に、ニュー・デリーはイギリスの統治時代に計画的に作られたきれいな町で、街路樹のある広い通り、政府関係の建物、いくつもの企業の入った高いビル、マンションのようなものもあります。人通りの少ない街路樹の下を歩いていると、リスが前を横切って、隣の街路樹に登っていきました。
また、円形の公園を中心に、放射線状に高級な商店やレストランがお店を連ねているコンノート・プレイスというところもあります。オールド・デリーの下町的な賑わいと比べると、コンノート・プレイスは高級感あふれる銀座といったところでしょうか。
いずれにしても、ボンベイのあの活気と比べると、ニュー・デリーはちょっと整いすぎていて面白さに欠ける、というのが個人的な感想です。

デリーに着くことは着いたのですが、まだどこに泊まるか決めていません。デリーはインドの首都ですので、超高級ホテルから安宿までいろいろとそろっていて、宿泊施設には困りません。
前田先生にYMCAがあると聞いていたので、空港でもらった地図を頼りに探しました。目指すYMCAは、コンノート・プレイスから少し外れてはいますが、とても便利なところにありました。
YMCAやユース・ホステルは価格や清潔度を考えると、あまり金銭的余裕のない旅行者にはたいへん便利な宿泊施設です。ただ、普通のホテルにはないようなルールや規律があるので、窮屈だと感じる人もいるようです。

YMCA(Young Men’s Christian Association)は、キリスト教徒だけでなく誰でも泊まれますが、やはり利用者のほとんどが白人でした。さっそくフロントに行き、部屋は空いているか訊ねました。係員の「空いている」という英語は分かるのですが、なぜか手続きをしてくれません。もう一度、今日泊まれるかと聞くと、「泊まれる」と答えてくれるのに、やはり一向に手続きをしてくれません。
落ち着いて考えれば分かることですが、まだチェック・インの出来る時間ではなかったのです。何しろ外国での初めての宿泊手続きなので、そんな初歩的なことまで分からなかったのです。
ようやく、手続きを済ませると、6階の605号室の鍵をくれました。お湯の出るシャワーとトイレは共同でしたが、とても清潔でした。このデリーのYMCAが、インドに来て初めて自分の力で泊まることができた記念すべきホテルとなりました。

チェック・インを済ませると、外国人観光客のためのツーリスト・オフィスに行き、アーグラーまでの観光を予約しました。日帰りのツアーで120ルピーです。アーグラーはあの有名な「タージ・マハル」のある観光地ですが、デリーからは日帰りで行けるほど近いのです。
ツーリスト・オフィスの帰りに偶然酒屋を見つけ、思わず冷く冷えたビールを買ってしまいました。中瓶サイズで、一本5ルピー(約150円)前後したと思います。日本円に換算したら、たいした価格ではないかもしれませんが、インドではかなり高額です。
インドでは飲酒はあまり歓迎されません。日本のように「居酒屋」や「バー」など、お酒を専門に扱うお店というのはまったくなく、酔っ払いも見かけたことがありません。どうしてもアルコール類を飲みたい人は、大きなレストランやホテル内の「バー」に行くしかありません。「酒屋」もほとんどなく、あったとしても、お店のシャッターを半分閉めたような状態で、こそこそと売っているという印象を受けました。わたしがビールを買ったお店もそうでした。
今もあるのかどうか分かりませんが、当時は「ドライ・デー」という禁酒日が決められていて、その前日はお酒を呑みたい人たちで酒屋が混むのです。

YMCAでアルコールを飲んで良いのかどうかわかりませんので、フロントの前を通るときはショルダー・バッグの中に隠し、自分の部屋でこっそりと飲みました。
そうまでして飲みたいのかと言われてしまうと、返す言葉もありませが…。
インドに初めて着いた数日前は不安と緊張でいっぱいだったのに、おかげさまでだいぶ図々しくなったような気がします。
明日の朝は、アーグラー観光のため、朝早く起きなければなりませんので、フロントに明朝6時に起してくれるようにお願いしました。
久しぶりのビールのせいでしょうか、その日はぐっすりと眠ることが出来ました。

●アーグラー観光
6時にモーニングコールをお願いしていたのに、5時に目が覚めてしまいました。ベッド・シーツを床に敷き、部屋でヨーガを一時間。
ボーイがチャイを持ってきて、100円ライターはないかと聞いてきました。あまりの図々しさに少し腹が立ったので、なんであんたに上げなくてはならないのかと一言文句をいい、部屋から出て行ってもらいました。
インドを回っている間、よくこういう経験をしました。ホテルがたまたまそうだったのかも知れませんが、ホテルの従業員が平気で人の部屋の中に入ってきて出て行かないのです。チップをあげても、なかなか部屋から出て行かず、何かを貰おうとしているのか、話がしたいだけなのか、ただの好奇心からなのかよく分かりませんでした。

YMCAから、通称「バタバタ」というオート・リキシャ(昔の「ダイハツのミゼット」のような三輪自動車といっても、わかりませんよね…)でニュー・デリー駅に。4ルピー。アーグラー観光の出発点です。駅で自分の乗る電車を見つけ、車両の出入り口に貼ってある「紙」を見て自分の名前と座席を確認します。
このアーグラー観光は、インド政府観光局のツーリスト・ツアーで、日本で言えば「はとバス」のようなものです。
朝デリーを発ち、インド自慢の特急列車「タージ・エクスプレス」でアーグラーに行き、そのまますぐにバスに接続してアーグラー市内やタージ・マハルなどを観光し、夜、デリーに帰ってくるというコースです。
朝食は電車の中で、昼食はアーグラーのレストランで摂ります。参加したお客はほとんどがインド人でしたが、賑やかなアメリカ人の団体も混じっていました。いつも、毛むくじゃらの手に缶ビールを持っては大声で話したり笑ったりするので、とてもうるさかったのを覚えています。
もちろん日本人はいません。ツアーにはインド人のガイドさんが付いていて、英語で観光案内やいろいろな説明をしてくれます。
このような「はとバス」観光システムがインドのいたるところにあります。わたしも南インドのマドラスやジャイプールでこのインド版「はとバス」を利用しました。同じ観光地を回るのでも、午前・午後コース、一日コースなどいくつかのコースがあります。料金も安いので、金銭的な余裕のない個人旅行者にとってはたいへん便利です。

朝7時にニュー・デリー駅を出発した「タージ・エクスプレス」はとても快適でしたが、冷房が効きすぎていて寒いくらいでした。ホテルでも電車でもバスでも、インドの冷房は効き過ぎていることが多く、暑すぎる外と寒すぎる車両の中を何回も出入りしているうちに、体調を崩すことがあるので気をつけなくてはなりません。
約三時間でアーグラーに着くと、バスに乗り換えタージ・マハル、アーグラー城などを観光しました。タージ・マハルはとてもきれいでした。ほとんどのインド観光パンフレットのほとんどがタージ・マハルで表紙を飾っています。白大理石で作られたこの壮大なイスラーム建築は、ムガル帝国六代目の王様のシャー・ジャハーンが愛する妻(ムスターズ・マハル)のために作ったお墓なのです。今ではもう中に入れないようですが、昔はだれでも地下(1階?)にある二つ並んだ棺(王と王妃)にお参りできたのです。
繁栄を極めたムガル帝国も、大理石に宝石がちりばめられたこのタージ・マハルを作ったために、さすがの豊富な財力にも影響が出たと言われています。
わたしも今までに三回ほどこのタージ・マハルを観ていますが、インドに行かれた人は、一度は訪れることをお薦めします。その荘厳さに圧倒されると思います。

ツアーでは、ガイドさんがバスを降りるときに「○○時まで休憩します」ということをみんなに伝えてくれます。わたしの場合、自由行動といってもあまり自由には出来ませんでした。同じツアーの中からだれか特徴のある人を見つけ、その人をマークし続けなくてはなりません。もしみんなとはぐれたら大変なことになってしまいます。
昼食を摂った休憩所だったと思います、ツアーのガイドさんがわたしだけに「ビールを飲むか?」と聞いてきました。「飲みたい」と答えると、怪しいお店に連れて行かれ、なぜかガイドさんは自分の分のグラスまで持ってきて、一緒に飲み始めました。もちろん、料金はわたし持ちです。こんなこともインドでは「No Problem」なのでしょう。
さらにお土産屋まで連れて行かれ、しつこく何か買うように言われましたが、特に欲しいものもなかったので何も買いませんでした。ただ、孔雀の羽で作った団扇がとてもきれいで、これならばお土産にもなるし、暑さしのぎになるかと思って買ったのですが、休憩が終わり、バスが走り出してから使おうとしたらないのです。盗まれたのか、自分でどこかに置き忘れたのか未だに分からないのですが、買ったばかりの孔雀の団扇が見当たらないのです。大した値段ではなかったと思いますが、買ったという記憶があるだけで、団扇の使い心地も分からないうちになくなってしまいました。

一日かけてのアーグラー観光も終わり、夜の7時にアーグラー駅を出発し、デリーには10時頃に戻ってきました。駅からYMCAまでは、リキシャで3ルピー。朝は4ルビー取られたのに…。
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by preman9798 | 2010-09-13 19:44 | Comments(0)