長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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インド日記・5

2017年10月22日(日)

今日、日本では衆議院選挙、もちろん期日前の選挙に行ってきた。
結果はどうなるのだろう…。

昨夜、荻沼さんが部屋に閉じ込められた。
山内さんが外から鍵をかけて出て行ってしまったのだ。
両隣の部屋は誰は出かけていて誰もいないので、助けを求めても無駄だ。
おまけに電気をショートして部屋は真っ暗、懐中電灯で過ごしたということだ。
慣れないと、つい外から鍵をかけてしまうのだ。
自分一人の部屋だったらそんなことはないのだけれど。
慣れないと、二人部屋だとそうなることも…。

朝食はイディリが出た。初めてかもしれない。南インド料理だ。
たしか米粉を蒸して作ると思った。それにサンバルというカレーをつけて食べるのだ、
残ったサンバルを飲もうとしてズボンにこぼしてしまった。

みんなは「マンガラン・ヨーガ・ピート」のヴィシュヴァルーパーナンダジーのところへ。
そこで昼食を食べて、それから「ヴァシシュタ・グハ」に行くという。
タフだなぁ。
「ヴァシシュタ・グハ」とは昔、ヴァシシュタという聖者が瞑想したといわれている洞窟です。
洞窟内には若いときのサティヤ・サイババの写真もあります。

午前中、ブックストールに『ギーター』を買いに行った。
サンスクリット語だけの、夜のサット・サンガで読まれている本だ。
ブックストールにヨーガスヴァルーパーナンダジーがずっといたけれど、ひまなのかなぁ?

わたしはのんびりアーシュラム・ライフを送る。
昼食は豪勢だった。
いつものチャパティ、ライス、サブジー、ダール、甘い牛乳で煮たお粥、パコラ、もう一つ油で揚げたもの。

昼寝をしてから、夕方に、「グルデーヴ・クティール」のバジャンに。
そこでみんなに会う。
ヴァシシュタ・グハでは沐浴をしたそうだ。
暑い時間帯に、そんなにあちこち出歩いて大丈夫なのか。
わたしも若いときはそうだったような気がする…。

夜食。チャパティ、キチリ、ダール、ヨーグルトライス。

夜のサット・サンガ。
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by preman9798 | 2017-10-31 14:35 | Comments(0)

インド日記・4

2017年10月21日(土)

朝、5:00から瞑想。「サマーディ・シュライン」。
うまくできました。

「ヴィシュヴァナート・テンプル」でアーラティ。
ここの太鼓は機械が打っている。
ドンドンドドドン、ドンドンドドドン、というように…。
しっかりとプラサードをもらってから、7:00から朝食。ウプマ、チャイ。

8:00からアドヴァイターナンダジーのダルシャン。
偉い人らしい。わたしは初めてお会いする。
感じの良い人だ、顔がどこかヨーガスヴァルーパーナンダジーに似ている。
ヨーガスヴァルーパーナンダジーの顔を少し黒くしたような感じだ。
お土産を渡す。
「ディヴィヤ・ナーマ・マンディル」というところ。
「サマーディ・シュライン」の二階にある。
こんなところがあるなんて知らなかった。
リキタ・ジャパやお経がたくさん収められているところだ。

9:00過ぎてヨーガスヴァルーパーナンダジーのダルシャンの時間に。
やはり同じ「ディヴィヤ・ナーマ・マンディル」だ。
少しアドヴァイターナンダジーのダルシャンが、ヨーガスヴァルーパーナンダジーの時間に食い込んでしまった。
アドヴァイターナンダジー、みんなの評判も良さそう。
続いて、ヨーガスヴァルーパーナンダジーのダルシャン。

11:00にヴィムラーナンダジーのダルシャン。「サマーディ・シュライン」。
日本のお土産、ドネーションを渡した。
まずは先日すっぽかしてしまったお詫びから始める。
待ち合わせの日時を間違えてしまい、待たせたままにしてしまったのだ。
スヴァーミージー、あまり何を言っているかわからなかった。

これで四人続いたダルシャンは終わり。
日本人のツアーということで、特別扱いしてくださった。
個人でアーシュラムに来たときには、こんなにダルシャンはない。
いよいよ今日から個人のアーシュラム・ライフが始まる。

ランチが取れなかったので、「フレーヴァー・レストラン」で、みんなで食べた。
おいしかった。

わたしはあき子さんに聞いていたマッサージに。
バイクの後ろに坐らされ、「ラーム・ジューラー」の方へ。
その他の人たちは「ラクシュマン・ジューラー」へ。
「ラーム・ジューラー」より上流にあるつり橋である。
昔はこの橋しかなかった。
船で渡って夕方になってしまうと、この「ラクシュマン・ジューラー」を渡って帰ってくるしかありませんでした。

マッサージ、二人がかり。
まず、紙のパンツに履き替える。
油を塗って、うつぶせに。ふくらはぎをもまれると飛び上がるほど痛い。
気持ちよくて眠ってしまうかもしれないどころか、痛くて痛くて我慢できない。
仰向けでも全身。
マッサージしてもらって、ちょっと良くなったと思っても階段を上ると痛い。一苦労。

「グルデーヴ・クティール」のバジャンとガンガー・アーラティ。
夕方のこの時間はとても好きだ。
この景色も好きだ。目に焼き付いている。
ガンガーが鏡のようになり、対岸の寺院やお土産屋の景色が映る。
相変わらず、「パールマタ・ニケタン」のコンサートのようなキールタン。
それに比べて「グルデーヴ・クティール」のガンガー・アーラティは神聖な気がする。


夜のサット・サンガ。はじめは少なかったけれど増えてきた。
ジャヤガネーシャ・キールタンから始まる。
何曲かキールタン。
一時間くらいたって、ヨーガスヴァルーパーナンダジーが登場。
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by preman9798 | 2017-10-30 09:30 | Comments(0)

インド日記・3

2017年10月20日(金)

朝、4:00に起きるつもりが、間違えて3:00に起きてしまった。
と言っても時差を考えれば、日本時間だと7:30。ちっとも早くない。
下に降りて行ったら、オードリウムはまだ閉まっていた。

朝の瞑想。5:00~6:00。「サマーディ・シュライン」。
眠くて眠くて瞑想にならない。
人数もまばら。

急いで「ヴィシュヴァナート・テンプル」へ。
朝のアーラティがあるのだ。ここのアーラティは昔から人気がある。
ここはクリシュナ神が祭ってあるのだ。
参列者が男女別の一列になって、きれいに飾られたろうそくの燭台を見守る。
わたしもしっかりと献火。
しっかりとプラサードをもらう。

7:00、終わってから朝食。ウプマのようなものとチャイ。
チャイが以前よりおいしくなった感じがします。

9:00より、ヨーガスヴァルーパーナンダジーのダルシャン。
スヴァーミージーに今回のみんなの滞在の許可書をいただいていたのです。
『ギーター』の第2章がたいへん重要という話でした。

講義終了後、ガンジス河を渡り、シヴァーナンダさんの修行時代の小屋に。
そこでプージャー。
今はきれいになっていますが、昔はもっとひどかったのではないかと思います。

続いてダンディー・スヴーミージーのダルシャン。もう100歳を超えているか?
ヒンディー語しか話さない。
テレビを見ていた。何もしないのにお布施をねだられた。

橋を渡らず、船でこちら岸へ戻って、町のバザールへ。
お線香屋さんはお休み。
神様の絵も大したことない。
おいしいパピー・ラッーシーを飲む。
わたし一人だったらお代わりをしていたかもしれない。
昼食として南インド料理に。南インド料理店は珍しい。
わたしはマサラドーサとウタッパン。

マサラドーサとは豆の粉をクレープみたいに薄く焼いたものです。
よくその中にジャガイモのカレーなど入っています。
ウタッパンは日本のお好み焼きのようなもの。
オニオン・ウタッパンなどがあります。
実においしい!

みんながパンジャビー・スーツを仕立てるというので、わたし一人町から帰ることに。
あとで聞いたら、パンジャビーを仕立てた人はあまりいなかったみたい。
バザールからアーシュラムまで、乗り合いリキシャで10ルピー、18円くらいか。

4:00にカールティケーヤジーのダルシャン。
「サラスヴァティ・クティール」のカルティケーヤジーの部屋。
通訳は増田喜代美さん。
忙しいので10分と言っていたのに、30分も延長。
もう歳なので日本には来ないとのこと。

7:00に夕食。
一度部屋に戻って休んでから、夜のサット・サンガへ。
「サマーディ・シュライン」、キールタンから始まり、『ギーター』の朗読、
スヴァーミージーたちの講話。
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by preman9798 | 2017-10-29 08:12 | Comments(0)

インド日記・2

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2017年10月19日(木)

朝起きて、みっちりとヨーガ。
ホテルの部屋が広いからやり易い。
テレビを見る。いろいろなチャンネルで聖者(?)が講演をしている。
5:30にロビーに集合。まだ従業員たちはソファーの上で寝ていた。

ホテルのあるオールドデリーからニューデリー駅まで少し。
相変わらずニューデリー駅は混んでいる。
昔この駅で騙されたことがあった。
変な男が近づいてきて、もうその電車はない、うちのバスで行けというのだ。
電車に乗り遅れたこともあった。
そのときは仕方なくタクシーでリシケーシに行った。

インド自慢の「シャダブディ・エクスプレス」とはいっても、新幹線のある日本から見ればどうってことはない。
わたしと加藤さんがC-5という車両、早野先生、荻沼先生、斎木さん、千尋さん、松村さん、山内さんの六人はC-1という車両。
飲み物が出てきたり、サンドウイッチが出たり、至れり尽くせりです。
配ってくれるのは不愛想なおじさん。にこりともしない。
座席は二人掛けと三人掛け、だけど席は狭いのです。それにボロ。
車両にはトイレがついています。しゃがむスタイル、下に穴が空いていた。垂れ流しか。

電車のドアも自動で開閉することはありません。のんびり発車するので、電車が走り出してから、駆け上ったりします。
途中大分お客さんが降りたので、みんなのいるC-1の席へ。6:40頃に出発した「シャダブディ・エクスプレス」は12:00頃にようやくハリドヴァールへ到着。
電車を降りたら、タクシーの運転手が二人待っていてくれていた。
一人は派手なピンク色をしたクルタとパジャマを着ていた。初めて見た。こんな色のクルタとパジャマ。

まずはタポーヴァンの川崎あき子さんのところへ。
う~ん。大分変りましたね、この辺も。
先に来ていた上山清美さんも出迎えてくれた。
荷物を渡したり、受け取ったりした。たいへんな量だ。
早野先生と荻沼先生はこれを東京から持ってきたのだ。

わたしは大概のものはあき子さんに預けていたので、荷物が少なく助かった。
サンダル、シャツ、ズボン、帽子など。
スヴァーミー・ヴィシュヴァールーパーナンダジーとも再会、でも用事とかで出て行ってしまった。

タクシーを待たせておいて、今度はアーシュラムへ。
リセプション・オフィスで手続きをしなくてはならない。
一人、一人フォームに記入するので時間がかかった、パスポートやヴィザのコピーも。
部屋は「オードトリアム」という宿舎の47号室。みんなも42~45号室。ホテルのようだ、部屋にトイレもシャワーもある。
そういえば、40年前に最初に泊まったのは「ガネーシャ・クティール」。それから、「ゴーバル・ダムダム」という宿舎。「イーシュヴァラ・バヴァン」。そして「オードトリアム」。全宿舎の制覇か。

さっそく、グルデーヴ・クティールのバジャンとアーラティへ。ここはグルデーヴ・シヴァーナンダがマハー・サマーディに入るまで過ごされた部屋だ。
とても良い雰囲気。
ガンジス川のほとりある。スヴァーミー・シヴァーナンダは生涯ここを動かなかった。
この部屋でキールタン。
昔は子供たちのバジャンといって、デーヴァーナンダさんが仕切っていた。
夜遅くてサット・サンガに出られない子供たちが大勢来ていた。
最近は子供が一人もいない。大人ばかりだ。

食事は副総長のヨーガスヴァルーパーナンダジーが気を利かせてくださって、スペシャルルームで摂るようにしてくださった。しかし、どこか違う…。
やはりアーシュラムの人たちと一緒に、あぐらで右手で食べたい。

夜のサット・サンガは、ディワリのスペシャル・プージャー。サマーディ・シュラインに
300人くらい集まっただろうか。

疲れた一日だ。
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by preman9798 | 2017-10-27 09:44 | Comments(0)

インド日記・1

久しぶりに、本当に久しぶりにインドに行ってきました。
10月18日から25日までのほんの一週間です。
17日まで青森県の八戸でした。ちょっと疲れ気味でしたが、興奮と共にインドに行ってきました。

メンバーは狛江の早野智子先生、三島の加藤照美先生、八王子の荻沼明美先生、狛江から松村泰子さん、三島から斉木洋子さん、山内千尋さん、八王子から山内智枝子さんの計8人です。
インド初体験は斉木さん、山内さん、千尋さん、松村さんの四人。大丈夫かな。

18日、いつもながらブラフマムフールタに目が覚める。
6:30に家を出た。京成スカイライン―ナーだ。成田に行く時しか使わない。
7:43に成田についてしまった。早すぎたかな。もちろん誰も来ていない。
Iカウンター、エア・インディアのカウンター前に集合。

一足先にチェック・インしてしまった。
通路側。窓際は飛行機が昇るときと、降りるときしか面白くない。
斉木さん登場。次々にチェック・イン。

早野先生と荻沼先生はエア・インディアではなく、なぜか日本航空。
しかし、ほぼ同時に成田を出て、ほぼ同時にデリーに到着するのです。

エア・インディアは遅れることなく、11:10に出発。
飲み物が配られる。
昼食はヴェジタリアン。まあまあでした。ちょっと辛いかなぁ。

デリー空港に到着。
わたしはさっさと先に歩いてしまい、イミグレーションを通過してしまった。
悪い癖だ。
あとから来る加藤先生たちとはぐれることに。
うろうろしているところを、日空で到着した早野先生と荻沼さんに会う。
ここで、一時間ぐらい加藤さんたちを探すことに。
どうしたら良いのでしょう。

あきらめて外に出たら、そこで加藤先生たちは待っていてくれた。

迎えに来た人に車でデリーに。
これが馬鹿でかい40人乗りのバスでした。
ホテルへ。混んでいた。ものすごい車の数…。
前にインドに来たときはこんなんではなかったような…。
オールドデリーのレジェンド何とかという名前のホテル。
411号室。
部屋はきれいだ。ひろい。

今日はディワリの前日、プチ・ディワリだ。
この日をめがけて、車、家、結婚をするみたいだ。
アメリカのクリスマス商戦に似ているようだ。
町は爆竹でうるさい。

ホテルの周りにはレストランがないということなので、ホテルのレストランへ。
高い~。

わたしはここホテルで失敗を犯します。
帰りのチケットの「お客様控え」を捨ててしまったのです…。

この日、加藤さんたちと空港ではぐれたのと、ホテルでチケットを捨ててしまったのと二回も失敗してしまったのです。

まだリシケーシに着いていないのに。
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by preman9798 | 2017-10-25 16:14 | Comments(0)