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長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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三島と名古屋

22日(土)は三島のヨーガ・スペース・ビージャで『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の学習と実技。
12:56発の「こだま」。相変わらずガラガラ。
今日の駅弁は「えんがわ寿司」。
えんがわはお寿司屋さんに行くと必ず注文します。
注文と言っても回転寿司ですが。

今日は『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の第2回目、11節から16節まで。
大勢の人が来てくださいました。
第1章はアーサナ編ですが、ヨーガを行うときの様々な条件を学びました。
昔のインドはそうだったのか、とたいへん興味深い内容です。
授業と実技が終わった後は懇親会。
「神楽」という小さなお店でしたが、小部屋で落ち着いていて料理もおいしかった。
三島には東京のチェーン居酒屋店とは違った、こじんまりとしたおしいそうなお店がたくさんあります。

この日は駅の近くのビジネスホテルに泊まり、明日は名古屋です。


9:48発の「ひかり」で名古屋へ。
券売機で切符を買ったのですが、
何を間違えたのか喫煙車両の指定を買ってしまいました。
車内に入ってびっくり。みんな平気で煙草を吸っています。
新幹線は全車両が禁煙席だと思っていました。
でも、座席は空いていました。
禁煙車両に変えてもらおうかと思ったのですが、禁煙席は満員でした。
仕方なく、マスクをして名古屋まで我慢です。

名古屋で榊原さんと待ち合わせ。
今回の会場は遠かった!  名古屋駅から車で30分以上もかかりました。
最初に『インドの叡智』のダイジェスト。みんな熱心に聞いてくださいました。

その後はアーサナとナーディー・ショーダナ・プラーナーヤーマ。
おかげさまで満員でした。

みんなでお茶でも飲もうかと思ったのですが、
18:30の「のぞみ」に間に合うように名古屋駅まで戻らなくてはなりません。
しかし、駅近くに来たら大渋滞です。
駅はもうそこなのにまったく進みません。
あとでニュースで知りましたが、車が歩道につっこみ大勢のけが人が出る大事故があったとか。
駅の近くで降ろしてもらい、思いかばんを持って駅まで駆け足です。
キツイ!

新幹線にはなんとかギリギリで間に合いました。
心臓はバクバク、脚は震えています。
お弁当を買う余裕もありませんでした。






わたしの初めてのインド・57

マイソールもバンガロールもとても良いところでした。今度はトリヴァンドラムやインド大陸最南端ケープ・コモリン(カニャー・クマーリー)に行くつもりです。


●バンガロールからトリヴァンドラムへ
2月26日。
部屋でアーサナ。でもその後は朝から何もすることがない。気分が悪い。風邪でも引いたのかもしれません。せっかくのバンガロールですが、部屋でごろごろ。
夜、トリヴァンドラム行きの寝台車に。三段ベッドの一番上。

2月27日。
3時半ころトリヴァンドラムに着きました。電車の中、ずうっと気分が悪かったのですが、このころからようやく気分も良くなってきました。
駅に着いたらさっそく子どもが「チープ・ホテル!」と言いながら近づいてきました。その子供について「ツーリスト・ホーム」という安ホテルへ。
ゴアのコルヴァ・ビーチでは、子供を信用して30分も歩かされましたが、「ツーリスト・ホーム」は駅から3分くらいのところにありました。とても小さいホテルで、トイレ・シャワー付きで6ルピー。
南インドだけにとても暑い。疲れたのでビールを買って飲みました。


2月28日。
バス・ステーションの近くにあるツーリスト・インフォーメーションに行ったのですが、11時に開くとのこと。なんでそんなに遅いのだろう。
鉄道の駅に行って、ローナワラに帰るときのことを聞きました。
ファースト・クラスだと乗り換えなしで、トリヴァンドラムからローナワラまで行けるとのことなので、3月4日のキップを購入。ファースト・クラスなので高い! 262ルピーもしました。でも、考えたら、今回のこのインドの旅での長距離の移動もこれが最後だと思い、思い切って買うことにしたのです。
朝の8時発なので、前日3日の夕方までにはトリヴァンドラムに戻ってきたほうが良さそうです。

ローナワラまでの切符を手に入れたので一安心です。ケープ・コモリン行きのバスが12時に出るということなので、席の予約だけをしておきました。50パイサ。
ホテル「ツーリスト・ホーム」をチェック・アウトしてバス停へ。ケープ・コモリンまでのチケット代5ルピー20パイサ。
トリヴァンドラムからケープ・コモリンまで3時間近くかかりました。しかも、その3時間は「灼熱地獄」のようでした。バスにはクーラーなど付いていません。暑くて死にそうです。呼吸が息苦しく感じます。
わずか一か月前の北インドの朝晩は寒かったのに、南インドのこの暑さ。さすがインドは大きいなと感心。
暑いのでバスの窓を開けようとしたら、後ろの人に怒られました。外からドライヤーのような熱風が入ってくるからです。
窓を開けて涼しい風を入れるという発想は、この暑い南インドでは通じませんでした。ただ、ただひたすら暑さを我慢しなくてはなりませんでした。

バスを降りたら、例によってすかさず子供がやってきて「チープ・ホテル!」。
リュックを背負った外人は、みんなお得意様なのでしょう。
とにかく暑いのでどこでも良かったのですが、子供が連れて行ってくれたホテルは、ダブルの部屋で25ルピー。明日、シングルの部屋が空くということでした。25ルピーとはちょっと高めですが、この暑さではクーラーや扇風機がない部屋では死んでしまいそうです。

昼食を食べて、ケープ・コモリンの名所ヴィヴェーカーナンダ・ロックへ。ここはその名前の通り、ラーマクリシュナの愛弟子ヴィヴェーカーナンダが泳いで渡った小さな島です。
ヴィヴェーカーナンダは師ラーマクリシュナの死後、インド中を歩きその惨状を見、嘆き悲しむと、インドの同胞を救うことを誓います。やがてインド大陸の最南端まで来た彼は、得意の泳ぎで岩の小島に渡ります。
そして、旅の途中に聞いた繁栄の一途をたどる若い国アメリカに行くことを決心します。その決心をしたのがこのヴィヴェーカーナンダ・ロックなのです。
今は、ヴィヴェーカーナンダ・ロックへはフェリーで渡ることができます。1ルピー。海はとても荒れていました。いくら泳ぎの得意なヴィヴェーカーナンダでもほんとうに泳いで渡ることができたのだろうか。
ロックといっても海に浮かぶ寺院のようで、ヴィヴェーカーナンダの本や写真も売っています。うす暗い寺院の中で瞑想をしている人がいました。瞑想中なので声を掛けられませんでしたが、どうも日本人のようでした。

夕方、海に沈む夕日を見に行きました。このインド大陸最南端のケープ・コモリンは聖地でもあります。三方を海で囲まれています。インド洋、ベンガル湾、アラビア海の三つです。その三つの海を同時に見ることができるのです。といっても三つの海に線が引いてあるわけではないので、わたしには一つの海にしか見えませんでしたが。
夕方になると、どこからともなく人が集まって来ては岩場に腰かけて海に沈む夕日を見つめます。
インド人観光客なのでしょうか、近くの町の人たちなのでしょうか。何台ものバスでやって来ます。
やがて大きな夕日が海にゆっくりと沈んで行きます。そして、集まっていた人たちもそれぞれ家路に着きます。たしかにここの夕日はきれいでした。
朝日が上っていくのも、同じように見るのだと聞きました。
夕方から夜になり、暑さも少し和らいできました。
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by preman9798 | 2014-02-24 10:40 | Comments(0)
16日(日)、Y.L.S.トリャンバカム・ヨーガ・センター狛江校の姉妹校のプレオープン記念のために、盛岡に行ってきました。
早野智子先生が東京と盛岡を何度も行き来しながら準備を進めてきました。
その大変さを目にしてきましたので、ぜひスタジオのオープンにはお祝いを、と思っていました。

前日から降っていた雪が心配でした。
雪の事故や交通マヒ、電車の運行中止が報道されています。
しかし、7:22発のはやぶさは、10分遅れで無事に大宮駅を出ました。
途中、雪で止まってしまわないか心配しましたが、はやぶさはスムーズに走っています。
車内もガラガラ、快適、快適。

盛岡駅で早野先生に迎えてもらい、スタジオに。
寒~い。でも、思っていたよりも雪はありませんでした。
車で駅から5分くらいでしょうか、医療関係の入っているビルの4階です。

スタジオ内にはまだ段ボールが…。
建築や家具デザインを仕事にしている早野さんの旦那さんが最終的な作業中でした。
お祝いのお花が次々と運ばれてきます。

三人で開校のためのプージャーを。マントラを唱えました。
やがてお客さんたちが集まってきました。
残念ながら大雪のため来られなくなってしまった人たちもいます。

初めにヨーガの話、後半は簡単なアーサナを主とした実技。
みなさん喜んでくださいました。

オープニング・セレモニー終了後、慰労を兼ねて三人で花巻温泉に。
不思議と雪による渋滞も皆無。

決して近代的ではありませんが、とても風情のある旅館でした。
小学生のころ、父に連れて行ってもらった福島県白河の新甲子温泉を思い出しました。

旅館にはもちろん内風呂もありますが、川の近くにある露天風呂もとても気持ちの良いものでした。
露天の回りは雪化粧です。
ただ、露天風呂に行くには一旦外に出て、小さな橋を渡らなければなりません。
その寒いこと寒いこと。凍えそうです。
内風呂で十分に温まって勢いをつけてからでないと、とても露天風呂にはいけません。

この露天風呂は外から丸見え。
夜の8~9時は女性タイムということでしたが、入る人はいるのだろうか…。
もちろん確認などしていませんが…。

翌朝は、東京に帰るには十分に時間があったのですが、帰りの新幹線が心配です。
しかも、夜にはUTLで授業があります。
予定していた新幹線よりも、早い時刻の電車に変えてもらいました。
本当はゆっくりとしたかったのですが、それはまた次回の楽しみにします。

とても楽しい、そして雪が心配な盛岡でした。






わたしの初めてのインド・56

「ガナパティ・サッチダーナンダ・アーシュラム」はとても平和的な雰囲気で満ちたところですが、わたしのほうが飽きてしまいました。

●マイソール
2月24日。
朝のプージャーに出ました。そして、ここを出ることに。このアーシュラムとは縁がなかったのでしょうか…。
昨日お会いしたばかりのスヴァーミージーに出て行くことを伝えました。目のとても優しい方で、話し方も穏やかで優しいものでした。
ブラサードをたくさんくださいました。アーシュラム内の写真撮影も許可して下さいました。シヴァーナンダ・アーシュラムと同じ、ここの人たちも大変親切で優しい人たちばかりです。アーシュラムにいる人たちとは、どこもこういう人たちなのでしょうか。ヨーガ的な人というのはこういう人たちのことを言うのでしょうか。きっとヨーガを学ぶということはそういうことなのでしょう。
ドネーションを差し上げて、「ガナパティ・サッチダーナンダ・アーシュラム」を出ました。

町のほうに歩いていくと、ちょうどトンガがやって来ました。4ルピーと、ちょっと高めでしたが荷物があったので乗ることに。駅で荷物を預かってもらい、マイソールの市内見学に。
ハンドクラフトのお店を覗いたら、良いものがいっぱい並んでいました。サンダルウッド(白檀)の製品もたくさんあり、わたしはマーラーを買いました。大きい方が10ルピー、小さい方が7ルピー。サンダルウッドは使っているうちにだんだん匂いがなくなってくるので、そのときに塗るオイルも欲しかったのですが、この店には置いてなく、直接工場へ行って買えとのこと。
しかし、幸運にも近くの別の店でオイルを売っていました。33ルピーとかなり高かったのですが、日本に帰ってからではなかなか手に入らないと思い購入しました。

マイソールの観光名所の一つ、藩主の宮殿へ。とてもきれいな宮殿でした。イスラームとヒンドゥーの様式が一つになった、インド・サラセン様式の建物ということでした。たしか、このマイソールの人たちはとても勇敢で、イギリスと最後まで戦ったと本で読んだことがあります。
ここで、ツーリスト・オフィスに勤めているという人に会い、いろいろなことを聞きました。彼の話では、ケープ・コモリン→トリヴァンドラム→ゴア→ボンベイをフェリーが結んでいるということです。
それが本当ならば、帰りはトリヴァンドラムからボンベイまでダイレクトで帰れます。親切に教えてくれたのに申し訳ないのですが、ちょっと胡散臭い人物だったので、トリヴァンドラムで本当かどうか聞いてみよう。案の定、別れ際に、お金を渡してくれれば自分が切符を買ってきてあげるといい出しました。わたしはツーリスト・オフィスに勤めているのだから信用しろと。危ない、危ない。

駅に戻り、荷物を受け取りバンガロール行きの電車に。
バンガロールのYMCAに行ったのですが、満員で空き部屋はないとのこと。YMCAやユース・ホステルはどうしても人気があるので仕方がありません。
リキシャのおじさんが良い人で、駅の近くの「HOTEL KAVELI」というところに連れて行ってくれました。12ルピーでトイレ、扇風機付きのとても良いホテルです。駅にも近く、町を歩くにも便利です。
夜、町へ。はじめて経験したボンベイの夜を思い出します。日本の昔の縁日のようです。屋台がたくさん並び、人も大勢出ています。暑くもなく寒くもありません。
インド旅行の楽しみの一つは、夜のこの縁日の雰囲気です。サトウキビジュースを飲みました。バナナ、ミカン、インド風天ぷらのパコラを買いました。
バンガロールでは今日から三日間は何かのお祭りとかで、アルコールが飲めないとのこと。日本だったらお祭りのときはお酒を飲むのに、さすがはインド、とへんに感心してしまいました。


2月24日。
朝起きて、アーサナ。少しお腹の調子が悪い。ホテルの下のレストランで、マサラドーサとチャイ。そのあたりを少し散歩。やはり、お腹の調子がおかしいので、部屋に戻って寝ました。
昼食も下のレストランで、ライス・プレート、まあインド版の定食のようなものでしょうか。1.5ルピーと安い。その後、バナナとみかんを買い、インド男性の民族衣装ドーティを買いました。ここら辺ではルンギといいます。北のドーティは模様の入っていない真っ白の綿の生地でしたが、南のルンギはだいたい派手なカラーが多く、しかもストライプやチェックの柄つきです。そういえば、マドラス・チェックは日本でも有名です。バンガロールもマドラスと同じ南インドだからでしょうか、マドラス・チェックのルンギがたくさん見られます。わたしもブルーのマドラス・チェックのルンギを買いました。
ホテルに帰り、ボーイにお湯を持ってきてもらい、インスタント味噌汁を飲みました。チップをあげ、ルンギの着方を教えてもらいました。
南インドの人は皆このルンギを着ています。くるぶしまであるスカートのようです。長いので、途中から折ってまるでミニ・スカートのようしてはいている人もいます。
マドラス・チェック柄のミニ・スカートというと、可愛い女性を思い浮かべてしまいますが、ここでは髭を生やした男の人たちがはいているのです。
ルンギのほうがリラックスするのか、電車の中でも、すぐにズボンからこのルンギに着替える人を何人も見ました。わたしも真似しようっと。
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by preman9798 | 2014-02-18 16:20 | Comments(0)