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長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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近況

22日(金)、Y.L.S.東京校での筆記テスト。
とてもよくできていました。
一年間の勉強でここまで回答してくれるとは驚きです。
本当にみんなヨーガが好きなんだなと思いました。
視力障害のあるN.M.さんは早野先生が別室で音声での質問と回答。
そのN.M.さんの回答は驚くべきものでした!


24日(日)は名古屋。今年最後の名古屋でのクラスです。
東京駅7:20発の「のぞみ号」。
朝食はいつもの駅弁ではなく、サンドウィッチとコーヒー。
車内は空いていました。
東京駅を出たら、品川、新横浜、そして名古屋、わずか二時間弱です。

名古屋は前半が『シヴァーナンダ・ヨーガ』、
そして後半は東京と同じ、Y.L.S.名古屋校の筆記テストでした。
東京校と比べると…、う~ん。やめておきましょう。
名古屋も皆さんほんとうにヨーガが好きな人ばかりで、
ほとんど休むことなく出席してくださいました。
来年の名古屋は定例の学習会やアーサナと、さらにパワーアップしそうです!

この日はいつもと異なり、授業が終わった後にアーサナがありました。
名古屋の熱い男、榊原さんが企画したものです。
15~6名の方が参加してくださいました。
それほど広くない会場の和室は超満員。
(もっと広いところはなかったのかよ~)です。

帰りの新幹線まで名古屋のスタッフの皆さんとファミレスで食事。
いろいろな企画がありました。
いろいろありすぎて、何を学んだらよいか決まらないほどでした。
来年の名古屋はとても楽しみです。
日曜日の夜ということで、帰りの新幹線は満席。
かろうじて坐ることができました。
(指定席はなかったのかよ~)です。






わたしの初めてのインド・54

海辺の町ゴアが少し気に入りました。

●ゴア
2月17日。
子供に連れられてきたこの家からは海まで15分も歩かなくてはならないし、水着もないので、あまり海に行くことはありませんでした。でも、白い砂浜にヤシの木、ビーチにはヤシの葉で囲った小さなバーがあったりして、映画に出てくるような風景です。若い人たちが集まってくるのもわかる気がします。
ゴアのバスは乗り合いのマイクロバスで、どこででも止めてくれます。ここでの生活は、この乗合バスで一日に一、二回、マルガオの町に行って買い物をしたり、ふらふらと町中を歩いたりするくらいです。

水を使うときは、庭に井戸があり自分で汲み上げなくてはなりません。井戸にはロープの付いたバケツがあり、それを井戸の中に放り投げて汲み上げます。わたしの場合、すでにアナンニケータンで経験していたのでそれほど珍しいとは思いませんでした。しかし、このときは時期的に水が少なかったのか、バケツを投げ入れてもほんのわずかしか水が入らず、何回も繰り返さなくてはなりませんでした。

さて、トイレのほうですが、敷地内に汚い小屋があり、そこで用足しをします。小屋の中には昔の日本のかまどのように少し高くなっているところがあり、穴が開いていて外に通じています。
そして、上の穴から排泄したものを外の穴からブタが食べるのです。ブタは清掃車兼バキュームカーなのです。ブタさんたちは、わたしがトイレに入ると、その気配を察してか、穴のところで待っています。ブーブー。

そういえば、この家の敷地内をブタの親子が駆けずり回っていました。よく観る養豚場で飼われている食用の大きなブタではなく、猪を小さくしたような黒いブタです。
ブタが人間の排泄物を食べるなんて知らなかったので、親ブタにくっ付いて走る可愛い子ブタたちにパンをあげようとしたら、家の人に怒られました。普段はとても親切な人たちなのに、このときばかりはひどく注意をされました。
自分が排泄したものを食べてくれるブタを見ると、少し恥ずかしい気もします…。ごめんね、ブタさんたち。わたしのを食べてお腹をこわしたりしなければ良いのですが。


2月19日。
朝、「プライベート・ハウス」を出て、バスでマルガオへ。家の人みんなが見送ってくれました。
チャイを飲んだりしてしばらく時間をつぶし、バンガロール行きの電車を待ちました。すでに切符を買ってあるので安心です。
わたしの席は一番前の車両で、三段になった寝台の一番上のベッド。その下の二つは外人のアベックさん。向かいはインド人の家族。子供がうるさかった。
車内は蒸し暑く、少々退屈したけれど、途中電車が止まるたびに何かを買って食べていました。キュウリみたいなものを食べました。日本のキュウリよりも大きくて太い。これに塩と香辛料をかけて食べるのです。蒸し暑い車両で食べるキュウリは瑞々しくてとてもおいしかった。
ただ、名前は分かりませんが、ご飯にヨーグルトがかかっている酸っぱいご飯だけは食べられませんでした。これにカレーが付いていればなんとか食べられたかもしれませんが、ただ酸っぱくて蒸れ臭いのは、日本では古くなって腐ったご飯です。わたしはこれを知らないで買ってしまったのです。


2月20日。
朝、バンガロール駅に着きました。意外と大きな駅でした。政府観光局があったので、そこでいろいろと訊ねました。担当してくれた人は、珍しく親切で感じの良い人でたした。こういうインド人もいるのです。
バンガロールの観光名物の一つ、「ブル・テンプル」の行き方を聞き、トリヴァンドラム行きのキップを買いました。28日発です。48ルピー。カフェでコーヒーとマサラドーサを食べました。マサラドーサは南インドの食べ物です。リシケーシの「マドラカフェ」でもよく食べましたが、本場のバンガロールのマサラドーサはとてもおいしかった。
バンガロールはコーヒーが採れるのか、インドでは珍しくチャイよりもコーヒーのほうが飲まれているようです。でもコーヒーの入れ方はチャイのように、片手に持った器からもう片方の器へ上から下へと滝のように流し入れるのです。一滴もこぼさず、これを何回も繰り返します。

政府観光局で聞いた通りに、バスで「ブル・テンプル」へ。30分くらいでした。途中、バスからバンガロールの町並みを見ましたが、とてもきれいで、今まで訪れたインドの町の中では一番きれいだと思いました。「ブル・テンプル」にはその名前の通り黒い石でてきた大きな牛(シヴァ神の乗り物ナンディ)が祀られていました。

銀行で両替。1ドルが7.95ルピー。やはり8ルピーを割っていました。
バンガロールの町が気に入りましたが、2時10分発の電車でマイソールへ。
バンガロールからマイソールまでは3時間くらいでしょうか。南インドを走る、たいへんのどかな旅でした。車内では大人たちがトランプに興じていました。どうも、お金を賭けているようです。
マイソールはバンガロールと比べるとだいぶ田舎の町で、駅も町から離れていました。
トンガに乗り、前田先生に紹介状を書いてもらった「ガナパティ・サッチダーナンダ・アーシュラム」へ。6ルピーと言われたのを、5ルピーに。
アーシュラムとマイソールの町は少し離れていますが、その分、とても静かな雰囲気の小ぢんまりとしてアーシュラムです。しかし、スヴァーミーは留守ということでした。明後日に帰ってくるとのこと。
運よく部屋をもらうことができました。大きな体育館のようなところに、個室というよりもただの部屋がずらっと並んでいるだけです。
日曜日と木曜日には町中から大勢の人がやって来るということでした。
飾ってあった写真を見ると、ここのスヴァーミーはまだお若いようで、聞くところによるとまだ35、6歳ということでした。でも、とても良さそうな方です。
トイレは外にあります。さっそく洗濯をしました。

夕食は黒っぽいチャパティみたいなものと、その上に掛けるカレー汁。おいしくない…。 食器もお皿一枚だけ。
シヴァーナンダ・アーシュラムの食事はおいしかったなぁ。
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by preman9798 | 2013-11-26 13:59 | Comments(0)
2日(土)は、小田急線喜多見でY.L.S.の定例学習会。
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』第1章の4回目の授業でした。
本来ならば、前回に続き教典に出ているアーサナを実際に行うのですが、
会場の都合でⅠ-55節から。
このあたりの節は食べ物に関することが多く、ヨーギーならば避けたほうがよい食物、
反対にヨーギに適した食物が挙げられています。
とても具体的に豆の名前や野菜の名前も挙げられているのですが、
残念ながら、それらのほとんどがどういうものなのかわかりません。

胃の四分の一は空けておくこと、シヴァの喜びのためにたべるのであって、
自分の満足のために食べてはいけないこと、
塩気の強いもの、乾燥したもの、温めなおしたものも禁じられています。

さらに禁忌事項が出ています。食物に関してだけではなく、
火、女性、長い旅もいけないと書いてあります。
実は断食や身体を苦しめるような、いわゆる区行も禁じられているのです。

教典には様々なことが載っています。
ハタ・ヨーガを学んでいる人はぜひ『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』
を講読してください。
月に一回、喜多見で学習会を開いています。


3日(日)、世の中は三連休のまっただ中。
わたしたちはヨーガ三昧。
この日は代々木八幡区民会館でサット・サンガ。
テーマは「日所生活に入ったインドの言葉」ということで、
解脱、三昧、涅槃、煩悩、乞食、精進、慈悲などのサンスクリット語。
それらの意味を学びました。
はじめてのテーマでしたが、とても面白い内容だったと思います。

今回はパート・1でしたが、パート・2、パート・3と学んでいきたいと思っています。






わたしの初めてのインド・53

前田先生のお宅を離れ、少しゴアに滞在することに。

●ゴア
2月14日。
朝食。いつも前田先生の奥さんが日本食を作ってくださるのですが、おいしいのでつい食べすぎてしまいます。
パナジへ行き、先生たちがローナワラへ帰るための切符を買いました。
ゴアではいつも久保象永さんの運転する車で移動します。食事もおいしく、アナンニケータンでの質素な生活とは大違いです。
そういえば、あのトラはどうなったのでしょう。まだアナンニケータンの回りにうろついているのだろうか。あのトラが捕まらない限り、アナンニケータンに戻る気がしません。
夜、ヤシの樹から作ったというお酒をいただきました。「フィニー」という名前ですが、商品名なのかお酒の種類なのか分かりませんが、無色透明でとても強く、ウォッカに似ています。ゴアの酒屋ならばどこにでも売っているということですので、機会があったら飲んでみようと思います。


2月15日。
朝、前田先生のお宅を発つことにしました。やはりわたしには一人旅が向いているようです(カッコいいぞ!)。
先生の奥さんには急に伝えたので、申し訳なく思いました。
11時ころ家を出ました。バス停はすぐそばにあります。昨夜、前田先生に、マイソールにあるアーシュラムとケープ・コモリンにあるヴィヴェーカーナンダのアーシュラムへの紹介状を書いてもらいました。どういうアーシュラムなのだろう。
奥さんがわたしのためにビスケットを作ってくださいました。そして、みんなに見送ってもらいながらお別れです。

とりあえずはマルガオに行き、インド政府観光局へ。そこで電車のことやゴアのビーチについて訊ねました。それから駅に行き、19日のバンガロール行きの寝台車を予約。11時半にマルガオン駅を出る電車です。34ルピー30パイサ。これで、あと四日間はゴアにいられます。
インド政府観光局で教えてもらった、コルヴァ・ビーチというところへ。白い砂浜でとてもきれいです。相変わらず白人が多いけれど、カランギュート・ビーチほどではありません。

一度マルガオに戻り、先生に教えてもらったビーチに。バスで一時間ほどかかりました。先生の話では教会の中で寝泊まりできるということでしたが、鍵がかかっていて中に入れませんでした。困ったことに、ここは小さな村でホテルなど一軒もありません。あたりがだんだんうす暗くなってきました。
仕方なく、再びマルガオに戻り、コルヴァ・ビーチに。さて、コルヴァ・ビーチに来たものの適当な安宿を探さなくてはなりません。だいぶインドを回ったので、町のどこらへんに安宿があるかは、なんとなく勘で分かります。
しかし、そこに子供がやってきて「チープ・ホテル?」と聞いてきました。珍しくはありませんが、子供の客引きです。
わたしが「ここから近いのか?」と聞くと、「たった5分だ」という答えです。たぶん10分はかかるでしょう。
「部屋はきれいか?」と聞くと、「ノー プロブレム!」。
「海の近くか?」に、「とても近い」。
子供なのでつい信用してしまったのが間違いでした。5分だと言っていたのが、歩くこと歩くこと。
途中、「5分じゃなかったのか」と文句を言うと、「もうすぐそこだ」という答えです。同じ問答を繰り返しながら、結局30分も歩かされ、やっと着きました。
しかし、そこはホテルでも宿泊施設でもありませんでした。子供は誇らしげに言いました「プライベート ハウス!」。
すると家の中からぞろぞろと人が出てきたかと思うと、わたしを見ては愛想よくニコニコしています。30分も歩かされた挙句、ホテルではないので、わたしは少し腹が立ちましたが、もうあたりは真っ暗です。ここに泊まるしかありません。

部屋は母屋とは別の倉庫のような建物でした。いや、倉庫か何かの作業所だったに違いありません。ただ広いだけで部屋の中には何もありません。
部屋の中央に大きな木の机があり、その机がベッドでした。寝袋を持っていてよかった。
回りはとても静かですが、波の音は聞こえません。駅から大分歩いたけれど、ここは一体どんなところなのだろう…。ほんとうに海は近くにあるのだろうか…。


2月16日。
朝食、家の人に頼んで作ってもらう。ゆで卵二つとチャイ。
海岸への近道を教えてもらった。それでも15分は歩きました。これでは、波の音なんか聞こえるわけがありません。
それに、コルヴァ・ビーチではありません。海水浴客もヒッピーも、誰もいません。あるのは、ただ海と砂浜だけです。
昨夜、バスはちゃんとコルヴァ・ビーチで降りたはずなのに、やはり30分も歩いたので、違うビーチに来てしまったのかもしれません。

バスでマルガオへ。バザールでバナナ、パン、郵便局でエアログラムを購入。
一度部屋に戻り、家の人にレストランの場所を聞きました。「マリア・ホール」という、いかにもキリスト教の土地柄らしい名前のレストランです。
帰りはふらふらとビーチを散歩しながら帰ってきました。考えたら、ヒッピーの集まる有名なビーチよりも、ずっときれいです。人がいないので、ゴミ一つ落ちていません。岩場ではないので、朝のトイレをした後のナニも落ちていません。
気候も温かく、海も砂浜もとてもきれいです。夢のようなビーチです。
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by preman9798 | 2013-11-04 12:30 | Comments(0)