長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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弘前

29、30日と弘前に行ってきました。
同じ青森県でも青森市や八戸市には年に2、3回行きますが、
弘前は一年振りくらいでしょうか。
ヨーガ・サンガティ弘前教室です。
本当は水曜日が教室の行われる日なのですが、火曜日に入り、岩木山の温泉に。
久しぶりの温泉でした。
出張が多いのですが、どうしても便利なので駅前のビジネスホテルを使います。
しかし、今回は岩木山のふもとの温泉「いわき荘」。

29日(火)、新青森駅でS.Y先生やS.Jさんと待ち合わせ、
さらに弘前でNさんやKさんと合流して岩木山へ。
途中、リンゴ園でリンゴ狩り。
「北斗」という名前のリンゴでした。

アソベの森「いわき荘」、温泉も食事もほんとうに最高でした。
紅葉も真っ盛り。とてもきれいでした。
十数年前にも下北半島の恐山で素晴らしい紅葉を見ましたが、
今回もそれに匹敵するくらいきれいでした。
手脚を十分に伸ばせる広いお風呂は久しぶりです。


30日は弘前に戻り、授業です。
途中「ねぷたの森」に寄りました。
青森は「ねぶた」、弘前は「ねぷた」。
津軽三味線を弾くコーナーもあって、わたしも初挑戦「ベベンベン~♪」。
初めて持った三味線は結構重いものでした。

肝心の授業は『インドの叡智』から、第3部の聖者の話。
ラーマクリシュナ、ヴィヴェーカーナンダ、ラーマナ・マハーリシ、
オーロビンド、クリシュナムルティの五人。
残念ながらわたしの大好きなスヴァーミー・シヴァーナンダの紹介は次回ゆっくりと。

今回は温泉付きのとても楽しい出張でした。

週末は、『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』、
日曜日はサット・サンガ。
これらの資料作りがありました…。トホホです。
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by preman9798 | 2013-10-31 09:11 | Comments(0)

台風の三島

26日(土)、三島に。
台風が来ていたので、開催するか中止にするかどうか迷いました。
中止にしても振り替え授業をする余裕はありません。
ニュースでは、新幹線は平常通りと言っていますので、行くことに。
相変わらず駅弁は「宮城のシャケといくら」を買いました。
これならば、間違いありません。
三島まで「こだま号」で一時間弱なので、 急いで食べました。
三島についても雨は降り続けていました。
養成コースの15回めの授業。
前半は『シヴァーナンダ・ヨーガ』の第2部です。
シヴァーナンダさんという方がよくわかります。
本当にこのような人が50年前までいらしたのかと思うと感激します。
後半はプラーナーヤーマのテスト。みんななかなか上手でした。

前から、この日は三島に泊まることにしてありました。
プラーナーヤーマのテストも終わりましたので、ホッとしたところで懇親会。
「九十厨 くじゅうくり」2、3回来たたことがある、魚のおいしいお店です。
でも、若いお客が多いせいか、店内は少しうるさい感じがします。

翌日の朝帰るつもりでしたが、午前中に実技をすることになってしまいました。
10:00~11:30、急きょヨーガ・クラス。
昨日と異なり、む台風一過の晴天。暖かい。
ランチは野菜が専門のイタリアン。
おいしかったです。
みんなにお土産にと「うなぎ」をいただいてしまいました。
うなぎが有名な三島でも「桜や」という超有名店でお客さんがいつも並んでいます。
たしかにおいしかった! 
三島でも何軒か連れて行ってもらいましたけれど、わたしには一番口に合うようです。

少し疲れていたのですが、来週の土曜日の『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の講義のため、
サンスクリット語を訳し、資料を作らなければなりません。
しかも、29、30日と青森県の弘前に出張ですので、時間があまりありません。



28日(月)はUTLで『インドの叡智』の第8期がは始まりました。
大勢の人が来てくださいましたが、最後まで続けてくれる人は何人いるでしょうか…。
最近は若い人もアーサナだけではなく、歴史や哲学にも関心を持ってくれています。
少しでもそのお手伝いができればと思います。






わたしの初めてのインド・52

トラが怖いので、早速アナンニケータンを引き上げることにしました。

●ローナワラからゴアへ
2月11日・12日。
もうあんな恐ろしいことは嫌なので、憶病と言われようと、腰ぬけと言われようと、早々にアナンニケータンを出ることにしました。そして、前田先生たちがいるゴアに行くことに。きっと、ゴアは天国に違いない!

朝のバスでローナワラに行き、マルガオン行きの電車の切符を買うと、ラッシーを飲みながら時間を過ごしました。
昼の11時45分に出発。途中、夜の8時半ころミラジというところで乗り換え。なぜか、駅は大勢の人で混んでいましたが、コンダクターに寝台の予約をしたいと言ったら、すんなりとОK。切符一枚を買うのに大変な思いをしたかと思うと、こんなに簡単に寝台が取れることもあるのです。5.5ルピーを払って寝台車でマルガオンまで。
マルガオンからは、コルタリン行きのバス。親切な人にいろいろと教えてもらい、乗継もスムーズに。
コルタリンからフェリーに乗り、またバスに乗り換えました。しかし、それまで順調に行っていたのに、ここでちょっとしくじりました。1時間もバスを待ち、おまけに、みんなが歩いて行く方向に意味もなくくっついて行ってしまったために、大幅な時間のロス。
でもなんとか前田先生のお宅に着きました。住所は聞いていたのですが、インドでは住所などあてになりません。「ジャパニーズ! ドクター・マエダ!」を連発し、どうにか道を聞きながら到着することができました。
考えたらすごいことです。銀座にあるレストランを探したり、横浜のヨーガ教室を探しあてたりするのとは違います。ここはインドのゴア。わたしにとって、はじめての土地です。住所だけを頼りに、よく前田先生のお宅まで来られたものだと思います。

前田先生のお宅にみんないました。先に着いていた象永さんや松田さん清水さん、そして、前田先生や奥さんや三人の子供さん。突然の来訪なのに温かく迎えてくださいました。
食事を御馳走になり、食後はみんなでザビエルの教会に。この教会にはフランシスコ・ザビエルだったかヴァスコダ・ガマだったかのミイラ(遺体)が安置されています。わたしが見たときは、教会内の上のほうに安置してあり、ライトが当たっていましたが、十年に一度ミイラを下におろして見せてくれるということです。そのときはお祭りのようなたいへんな賑わいになるそうです。とてもよい雰囲気の教会でした。
ゴアは長い間、ポルトガル領でしたので、カトリックの大きな教会がたくさんあります。インドの中にあって、ヒンドゥー教の寺院よりも教会の数のほうが多い、たいへん珍しい町なのです。
また、ゴアの人たちはインド人でありながら、服装も西洋的です。女の人もサリーよりもジーンズやTシャツ姿が多く、酒屋やバーなども目立ちます。前田先生のお話では、お酒を飲みたいインド人はゴアに来るということでした。ゴアならば堂々と飲めますし、お酒を飲ませてくれるところも多いのです。
ゴアの町は今まで回ってきたインドとはどこか違う雰囲気です。町はヨーロッパのようで、あちこちにヤシの木が繫っています。ヒッピーのたまり場とは聞いていましたが、やはり外人が目立ちます。
夜はみんなで食事。ビールを御馳走になりました。


2月13日。
朝寝坊。朝食もおいしかった。つい食べ過ぎてしまう。
昼頃、みんなでパナジという町に行きました。日本車の古いライトバン。久保象永さんの運転です。たしか、象永さんの鹿児島の実家がタクシー会社だったと聞いています。しかし、象永さんがインドでも乗れる運転免許証を持っているのかどうかは分かりません…。
インドでは自動車に乗れるだけ乗るのが常識です。五人乗りだと思うのですが、七、八人はいたでしょうか。少し窮屈ですが、わたしは後部の荷台の部分に入ることにしました。
お昼は前田先生にレストランで魚のカレーを御馳走になりました。
アナンニケータンでは食事のたびにお祈りをするのですが、レストランでもお祈りをします。大勢の日本人が合掌してお祈りする姿を、他のインド人のお客さんたちは物珍しそうにじっと見ていました。ちょっと恥ずかしかった。

食後、カラングート・ビーチに。久しぶりの海は気持ち良かったのですが、ここの海は思ったほどきれいではありませんでした。ヒッピー風の外人が多く、あまり好きな雰囲気ではありません。スリランカで見たサンゴ礁の海のほうがずっときれいだった。
ただ、海に沈む夕日がとてもきれいでした。ビーチに一列に並んで夕日に手を合わせる日本人の姿は、ゴアのおしゃれなビーチでは似合わなかったかもしれませんが…。
夕食。またビールを御馳走になりましたが、今度はあまり飲みすぎないように気を付けました。
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by preman9798 | 2013-10-28 22:25 | Comments(0)

UTLと三島と名古屋

12日(土)、12:00からUTLのTT3の哲学講義『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の第1回目の講義。
今回の生徒は結構熱心。いろいろと質問もあった。

三島に行くために、代々木駅から品川駅へ。
いつもは東京駅ですが、今回は品川駅から新幹線に乗ることに。
少しお腹がすいたので品川駅構内のお店に入ろうか、駅弁を買おうか迷いました。
しかし、お店はどこも満員です。お店の外に並んでいるところもあります。
注文したものがなかなか来なかったら、新幹線に乗り遅れてしまいます。
結局、駅弁を買うことに。
ただ、東京駅と異なり、あまり駅弁の種類がありません。
買った駅弁はやはり失敗でした…。
そういえば、品川駅構内にはパン屋さんも2、3店ありました。
いっそうのこと、パンにすればよかった…。

三島駅北口。広々としています。
コンビニのコピーも、一枚5円ととても安い。
いつもK.N.さんが迎えに来てくれます。
会場のヨーガ・スペース・ビージャは車だと駅から数分です。

今日は前半が、ヴィヴェーカーナンダの思想。
後半が『シヴァーナンダ・ヨーガ』。
わたしの大好きなシヴァーナンダさんの紹介です。
感極まって涙が出たりしたらどうしよう…。

涙を見せずに何とか終了した後は、懇親会。
宿泊するホテルもいつもの「東横イン」と異なり、
「ニュー かのや」というこじんまりとしたホテル。
しかも懇親会会場の「さん太」というお店の隣。
お店の窓からホテルが見えるのです。
「さん太」は二回目です。
お魚がとてもおいしいお店です。
イワシのフライやホッケ焼きは抜群でした。

翌、13日(日)は名古屋へ。三島を7時台発の「こだま」に。
各駅なので名古屋へは9時過ぎに着。
会場の「米野コミュニティセンター」に。
今日は世話人の榊原さんが用事があり、午後からの参加。
代わりに同名の榊原さんが机を並べてくれました。

名古屋の授業内容も三島と同じ、前半がヴィヴェーカーナンダの思想、
後半が『シヴァーナンダ・ヨーガ』。



4月から始まった三島も名古屋も、次回で養成コースが終了します。
長かったような短かったような。
また一緒に何か学べると良いと思っています。





わたしの初めてのインド・51

前田先生はいらっしゃいませんが、アナンニケータンに行くことにしました。
お風呂もシャワーもなく生活は不便ですが、アナンニケータンこそこの旅の原点です。


●アナンニケータンにトラが出た!
2月9日。
朝食後、日本人のみんなでチャイを飲みに行く途中、アナンニケータンの久保象永さんに会いました。これからゴアの前田先生の家に行くということでした。
松田さんという青年と清水さんという女性が一緒でした。二人とも、わたしとは初対面です。プーナで前田先生と待ち合わせをして、みんなでゴアに行くということでした。わたしは三人を駅まで見送りに行きました。
そして、カイヴァリャダーマの支払いを済ませると、アナンニケータンに行くことにしました。今、アナンニケータンで留守番をしているのはカシナッツさんだけです。彼のために果物を買い、ついでにまたしてもラッシーを三杯飲んでしまいました。リシケーシと比べると、ローナワラは暑いせいか、ラッシーを良く飲むのです。

アナンニケータン行きのバスは日に二本なのに遅れに遅れ、三時になってようやく出ることになりました。偶然、そのバスにヴィジラジェシュヴァさんが乗っていたのにはびっくりです。
アナンニケータンはヴィジラジェシュヴァさん、カシナッツさん、わたしの三人になり、夕食後は、三人でいろいろなことを話しました。
わたしはシヴァーナンダ・アーシュラムが好きだというと、ヴィジラジェシュヴァさんは、シヴァーナンダ・アーシュラムは外人が多くうるさく厳しさに欠ける。ヨーガ・ニケータンのほうが静かで良いと言いました。わたしはそういう見方もあるのかなと思いました。

ヴィジラジェシュヴァさんは、藤田鳳子先生のことも知っていました。きっとヨーガ・ニケータンで一緒だったのではないでしょうか。そもそもわたしがインドに来たのも、ヨーガ・ニケータンの創始者のスヴァーミー・ヨーゲーシュヴァラーナンダが来日したときに藤田先生のお宅で紹介してくださったからなのです。ヴィジラジェシュヴァさんと藤田先生がヨーガ・ニケータンで会っていたとしても不思議なことはありません。
ヴィジラジェシュヴァさんはまだ完成していないアナンニケータンのマンディルに瞑想に行きました。
そういえば、夕食はライスとパンだけを食べていました。おかずなしです。たいへん厳しい人のようです。
手紙が来ていました。家からと叔母さんからでした。


2月10日。
カシナッツさんと朝からマンディル建築のお手伝い。宿舎の壁に白いペンキを塗りました。以前、お手伝いした泥運びよりも楽でした。
ヴィジラジェシュヴァさんは朝のバスでカイヴァリャダーマに出かけ、夕方帰ってきました。自分の本にサインをしてくれたとのことです。“Science of Bhagavadgita”というタイトルの本です。大学の先生だったヴィジラジェシュヴァさんらしく、ちょっと難しい本です。内容はそのタイトルの通り、ギーターの内容を科学的に分析解説してあります。

夜、夕食のあと三人でいろいろと話していたら、突然小屋の外で猛獣の叫ぶ声がしました。今までに聞いたことのない声です。低い、お腹に響くような恐ろしい声でした。本当にびっくりしました。時々トラが出るというようなことは、話には聞いていましたが、まさか実際にトラの声を聞くとは思ってもいませんでした。しかも、動物園のように檻に入っているわけではありません、野生のトラです。
すると、なんとヴィジラジェシュヴァさんとカシナッツさんは、小さな懐中電灯と棒きれを持って小屋を出て行ってしまいました。二人とも襲われたらどうするのだろうか。棒きれしか持っていないのです。
わたしは小屋の中で震えました。二人と入れ違いにトラが小屋の中に入ってきたらどうしよう。簡単に食べられてしまいます。ちょっと大きな犬に吠えられても怖いのに、トラでは話になりません。わたしの頭の中は、トラが小屋の中に入ってきて、じっとわたしを睨んでいる場面が浮かんできました。トラはきっとお腹が減っているに違いありません。狭い小屋の中では逃げることもできません。このインド旅行ではいろいろなトラブルにあったり病気になったりしました。しかし、もう終わりです…。短い人生でした。アナンニケータンになんか来るんじゃなかった。カイヴァリャダーマにいればよかった。
一瞬にして頭の中でいろいろなことを想像しました。

しかし、しばらくするとヴィジラジェシュヴァさんとカシナッツさんの二人がおしゃべりをしながら戻ってきました。ああ、助かった…。腰が抜けてしまいました。
カシナッツさんの話ではトラは人間を襲わないというのです。トラのほうが人間を恐れているというのです。わたしにはそんなことは信じられません。
東京に住んでいますので、恐ろしい事件やニュースには慣れっこになっています。夜道を歩いても怖いとは思いません。ダンプカーのそばを歩いてもそれほど恐怖は感じません。しかし、トラは別です!

明日、さっそくアナンニケータンを出ていくことにしました…。
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by preman9798 | 2013-10-13 19:50 | Comments(0)

10月の初め

4日(金)は、代々木八幡でY.L.S.の養成コース。『インドの叡智』の12回目の学習。
ラーマクリシュナとその愛弟子ヴィヴェーカーナンダを紹介しました。
わたしはヴィヴェーカーナンダが大好きです。
わずか39歳で亡くなりましたが、もっと長生きしていたら彼の思想も彼に対する世間の評価も変わっていたかも知れません。
次回は、ヴィヴェーカーナンダの思想、ラーマナ・マハーリシ、オーロビンド、クリシュナムルティ。
そして、いよいよスヴァーミー・シヴァーナンダ・サラスヴァティーの紹介です。
このごろわたしは、シヴァーナンダさんのことを紹介するためにヨーガを続けているのかなと思うようになりました。


5日(土)は、喜多見で定例学習会。『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』の講読です。
第1章17~25節、いよいよ具体的なアーサナに入りました。
①スヴァスティカ・アーサナ、②ゴームカ・アーサナ、③ヴィーラ・アーサナ、④クールマ・アーサナ、⑤クックタ・アーサナ、⑥ウッターナ・クールマ・アーサナ、⑦ダヌル・アーサナを実際に行ないました。
中には難しいアーサナもありますが、みなさん結構上手に行なっていました。


6日(日)は、代々木八幡で「サット・サンガ」。
今回のテーマは「基本的なアーサナ」ということで、アーサナからアーサナへの移動を行いました。
一つ一つのアーサナはできても、アーサナからアーサナへの移動がスムーズできれいでないと、見た目も美しくありません。
さらには、ヨーガを行うときの基本的な条件、健康や美容についてなどを学びました。
今更「基本的なヨーガ」もないかもしれませんが、改めて見直すことによって再確認ができると思います。

サット・サンガが終わった後、三島校の加藤先生と狛江校の早野先生と、これからのY. L.S.の活動についての意見交換。
来年も「こき使われそう」な予感がします…。







わたしの初めてのインド・50

久しぶりにローナワラに帰ってきました!


●ローナワラ
2月5日。
ボンベイまで行くというロバートとキャロルにバスの中で別れを告げ、わたしだけローナワラで降ろしてもらうことに。
バスに乗る前に聞いていた通り、ローナワラに着いたのは朝4時です。どうしてこういうときは遅れないで時間通りなのでしょうか。あたりはまだ真っ暗です。
小さな食堂が開いていたのでそこで時間をつぶし、6時ころにオート・リキシャでカイヴァリャ・ダーマに。久しぶりのカイヴァリャ・ダーマにはなぜか日本人がたくさんいました。
朝のチャイを飲んで朝食を御馳走になりました。前にも書きましたがここのチャイは薬草茶みたいな味なのです。正直あまりおいしくありません。
井上先生や森さんに久しぶりで会いました。リシケーシ以来です。この日は、京都の佐保田先生のところから来ていた山口さんという青年の部屋に荷物を預かってもらいました。
話を聞くと、前田先生は今、アナンニケータンにはいらっしゃらないとのこと。
夜行バスで朝早く着いたせいか、疲れたので昼寝をさせてもらいました。夜は、日本人たちとトランプ遊び。
明日はプーナにビザの延長を申請しに行く予定です。うまくいけばよいのですが。日本と異なり、インドではこういう手続きがたいへん面倒なのです。


2月6日。
朝10時半ころ、ローナワラのバス停からプーナ行きのバスに。一時間半かかりました。プーナのバス停からは15分くらいでしょうか。オート・リキシャで3ルピー。チャワンナガルというところにある「ヘッドオフィス」。
場所は、昨日森さんに地図を書いてもらったのですぐに分かりました。いろいろと書類を書かされましたが、インドにしてはすぐにやってくれました。
なにしろ、銀行で両替するのに一時間もかかる国なのに、こんなにスムーズに行くとは奇跡に近いです。
ただ、パスポートを返却してくれるのが4時ころということでした。お腹が減ったので、いったんプーナの町に戻り昼食をとることに。
4時になったので、再び「ヘッドオフィス」へ。ビザの延長も無事に終わり、これで法律的には9月まではインドにいられることになりました。まあ、そんなにいつまでもいないだろうけれど…。
カイヴァリャ・ダーマに戻ったのは夜の7時ころでした。


2月7日。
朝寝坊。アーサナ。朝食。それからは何もすることがない。退屈です。京都から来ている山口さんがアジミールというところに行くことに。森さんと大阪から来ていた女の人とわたしとで駅まで見送りに。みんな暇なのだ。
帰りにラッシーを飲みました。1ルピー。おいしかった!
夜、みんなといろいろとおしゃべり。


2月8日。
朝早く起きてアーサナ。朝食。昨日たのんでおいたパンが来た。1ルピー50パイサ、とてもおいしい。半分斎藤さんに上げた。斎藤さんはわたしより少し年上の男性で、新婚なのに奥さんを日本に置いて、なぜか蓄膿症の治療をしにわざわざカイヴァリャ・ダーマまで来ているという、ちょっと変わった人です。国士館大学の応援団員だったそうです。そういえばちょっとガラが悪そうに見えますが、面白い人です。
何もすることがないので部屋で寝ました。本当は今日アナンニケータンに行くつもりだったのですが、なんとなく行きそびれてしまいました。なにしろ、アナンニケータンまでのバスは一日二便しかないので、ちょっとタイミングを逃すと行けなくなってしまうのです。今日か明日、前田先生が帰っていらっしゃるはずです。
昼食後、町へ行ってラッシーを三杯も飲みました。ほんとうにおいしいです。暑いのでまた昼寝。夕方のアーサナにも出ず、ぐっすりと寝てしまい、起きたのが夕食前でした。
今日はチベットのお正月ということで、カイヴァリャ・ダーマにヨーガ留学しているチベットの生徒たちが御馳走を作ってくれて、みんなで食べました。おいしかった。

ここにいると、日本人も多くとても快適に暮らせますが、何か物足りない気もする。
毎日おしゃべりをしてゴロゴロ。こんなことをするためにわざわざインドまで来たわけではないはず…と反省。
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by preman9798 | 2013-10-07 23:19 | Comments(0)