長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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25日(火曜日)、たまたま観ていたテレビのワイドショーでインドの大洪水のニュースが。
驚いたことに、そのワイドショーの司会者と中継で話をしていたのが、川崎あき子さんでした!
画面の下のほうには「インド・ウッタラカンド州在住 川崎あき子さん」と写真入りで映っていました。
結構長い間司会者と話をしていました。
しかも、とても落ち着いていてわかりやすい説明をしていました。
どういう経過でテレビのワイドショーに出たのかはわかりませんが、
ほんとうにビックリです。

リシケーシやシヴァーナンダ・アーシュラムは大変なことになっていると思います。
シヴァーナンダさんの暮らしていた部屋はガンジス河の近くにあります。
洪水で水浸しになってしまったと思います。

わたしは何度もインドに行っていますが、乾季と言う時期のせいもあり、
ガンジス河の洪水は見たことはありません。

インドの建物は日本と異なり、建築基準なんかないように思える建物ばかりです。
なにか災害があると被害も大きいのでしょう。
本当は今がシーズンなのに、あれではヒマーラヤの聖地巡礼もしばらくできないでしょう。

ただ、川崎さんの家はガンジス川とは離れた高台にあるのが、せめてもの救いです。





わたしの初めてのインド・44

アーシュラムの滞在もあと数日です。

●アーシュラムの生活
1月26日。
6時に起きたので、アーサナのクラスには出られませんでした。そのかわり自分の部屋でしっかりとアーサナ。
今日はインドの祭日です。「パブリック・デイ」と言うのだそうです。お祝いの行事なのでしょうか、朝早くから子供たちが並んで何かをやっています。その様子をバイス・プレジデントのマドヴァーナンダさんが坐って見ていました。
「ナーラーヤン」でライスを買い、タッパに詰めてもらいました。ついでにチャイを一杯。
いつものように、10時からシヴァシャンカラーナンダさんのところへ。こうして勉強するのもあとわずかです。少し寂しい気がします。
昼食はダイニング・ホールで食べました。その後、ガンガーで日向ぼっこ。現在のガンガーの河原とは違い、この頃はラーム・ジューラー(シヴァーナンダ・ジューラー)もまだなく、お店も人も少なく、瞑想したり本を読んだり、ガンガーの河原でゆったりとした時間を過ごすことができたのです。
今日は祭日、アーシュラムで働く人たちも休みのようです。
3時のティー・タイム。アーシュラムでは3時にチャイを出してくれるのです。ただ、お店で飲むよりも薄いような気がしますが…。
夕方、自分の部屋でアーサナと瞑想。
夕食は「ナーラーヤン」ではなく他のお店で食べてみたのですが、おいしくありませんでした。やはりわたしには「ナーラーヤン」の味付けが合っています。
夜のサット・サンガ。何もない一日でした。


1月27日。
5時に起床。アーサナのクラス、スヴァーミー・クリシュナクリシュナ先生がいらしてくれました。朝食はわたしの好きなウプマ、部屋に持って帰って食べることに。
今日はチャイも飲みに行かないで手紙を書きました。
10時、シヴァシャンカラーナンダさんのところへ。一所懸命に教えてくださり、とてもありがたい。
昼食後、本屋に行って二冊本を買いました。『GURU TATTVA』と『ETHICAL TEACHING』という本です。二冊ともシヴァーナンダさんが書かれたものです。本当はシヴァーナンダさんの自叙伝が欲しいのですが、残念ながら手に入りません。

先月、ツアーでリシケーシに来た田中さんから手紙が来ました。インドがとても気に入ったようです。写真を300枚も撮ったそうです。手紙の中に、宮下さんが帰りにハーモニュームを買って帰ったと書かれていました。わたしもぜひハーモニュームを買って帰ろうと思います。そして、みんなにキールタンのことを知ってもらいたいと思います。
町に行ってノートを買いました。90パイサ。一種類しかなく、紙の質は悪く、わら半紙のような茶色くてざらざらしたものです。
帰りに楽器を修理しているお店があったので、ハーモニュームやタブラのことを聞いてみました。ハーモニュームは200~500ルピー、タブラは100~200ルピーということでした。ぜひ買って帰ろう。
夕方、グルデーヴ・クティールの「子供たちのためのバジャン」、子供たちとうたうキールタンがとても気持ち良い。デーヴァーナンダさんのキールタンも大好きです。
今日、カルカッタから帰ってくるはずのシャンカラーナンダさんは、2月1日に変更になったようです。

夜、「マドラカ・カフェ」でシャンカールに会ったら、日本人が一人来るのでわたしの部屋に入れるとのこと。
わたしは後わずかしかアーシュラムにいないのだから、一人にしておいてくれるようにお願いしました。ちょっとエゴかもしれないけれどごめんなさい。
夜、サット・サンガが終わった後、シヴァシャンカラーナンダさんのところに行き、大西さんから頂いた靴下、母が持たせてくれた温かい下着、30ルピーを差し上げました。
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by preman9798 | 2013-06-27 19:01 | Comments(2)

週末

21日(金)、代々木八幡でのY.L.S.養成コース、『インドの叡智』の学習。
代々木八幡にはおいしいパン屋さんがあります。
そこの「玄米くるみパン」は本当においしい。
ただ、教室に行く夕方は売り切れている場合が多く、
この日も一つだけしか残っていませんでした…。

22日(土)、代々木UTLのTT。
みなさんとても熱心でした。
まだまだヨーガの経験は少ない人たちですが、
この中から素晴らしい指導者が出てくれることを願っています。

23日(日)、静岡のヨーガ・スタジオ「ギュット」で『インドの叡智』とワークショップ。
静岡駅は通常各駅新幹線のこだま号しか止まらないのですが、ときどきひかり号も止まります。
こだま号とひかり号では30分も違います。
静岡駅には「ギュット」の小澤和絵先生が迎えに来てくれます。
20名近くの生徒たちと、前半は『インドの叡智』、
この日はラージャ・ヨーガと『バガヴァッド・ギーター』。

後半は、スーリヤ・ナマスカーラ、チャンドラ・ナマスカーラ、
そして、パンチャマンダラ・ナマスカーラの三つのナマスカーラ。
何回ものチャンドラ・ナマスカーラの練習、きっときつく感じた人もいたでしょう。
ごめんなさいです。
次回の7月21日は「シャット・カルマとムドラー」です。
はたしてスートラ・ネーティができる人は何人いるでしょうか?

帰りのこだま号は車内販売がありません。
夕方なので静岡駅で駅弁を買うことに。
1400円の「ウナギ弁当」に目を奪われましたが、今回は「特製鯛飯弁当」に。
760円と駅弁にしては安いのが少し気になりましたが購入。
お弁当屋さんの写真では、鯛の身ををほぐした上に切り身が乗っていてとてもおいしそうです。
しかし、これは好みにもよりますが、その身をほぐしたそぼろが甘すぎるのです。
ご飯の上のそぼろをどかして、その下の鯛飯とわずかな「しば漬」だけで食べることに。
やっぱり「ウナギ弁当」のほうがよかったかなぁ?
駅弁はほんとうに難しいです。

夜は弟や弟の子供たちと食事。
やはり、家族たちの食事のほうがおいしいです。
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by preman9798 | 2013-06-24 10:18 | Comments(2)
15日(土)、Y.L.s.養成コースのため、三島の「ヨーガ・スペース・ビージャ」に。
それにしても面白い名前ですね。
「○○・ヨーガ・スタジオ」「××・ヨーガ・スクール」が多い中、
「ヨーガ・スペース」とは…。

先週、三島に行ったときは東京駅で駅弁「シャケといくら弁当」を買いましたが、
今日は池袋で天丼を食べました。
駅弁に少し飽きたということもありますが、
昔から池袋北口にある天丼屋「F」や神保町の「I」が大好きなのです。
しかし、若い時と比べると、天ぷらなど油ものは食べなくなりました。
いや、食べられなくなりました。

三島まで一時間。ちょうどウトウトとしかけたころ降りなければなりません。
いつも三島に着いたときは眠くてボーっとしています。
日本大学の校舎ビルの一階にある喫茶店でコーヒー。
養成生のKさんが迎えに来てくださいました。

今日の授業は『バガヴァッド・ギーター』に説かれている、たいへん重要なヨーガ。
ジニャーナ・ヨーガ、カルマ・ヨーガ、しかし、残念ながらバクティ・ヨーガは次回に。
わたしの愛読書『転生の秘密』も紹介しました。

実技はうつ伏せで行うアーサナ。
マカラ・アーサナ、ブジャンガ・アーサナ、シャラバ・アーサナ、
ダヌラ・アーサナなどなど。

授業終了後、急いで駅に。
お弁当を買っていただいてあるので安心です。
9時をちょっと過ぎただけなのに、
ホームにあるお弁当屋さんも立ち食いソバ屋もすべて閉まっています。

16(日)、高円寺のシヴァーナンダ・センターに。
2年近く行ってきた『インドの叡智』の最後の授業。
わたしの大好きなシヴァーナンダさんの話でした。
ここも少し変わった雰囲気を持ったセンターです。
アメリカ的な雰囲気のスタジオが多い中、
とてもインド的な雰囲気を持ったスタジオです。

スタジオには小さな祭壇もあり、
シヴァーナンダさんやヴィシュヌデーヴァーナンダさんや、
インドの神々の写真が飾られています。
ご縁がありましたら、またいつかご一緒させていただければと思います。





わたしの初めてのインド・43

だんだんアーシュラムでの残りの日数が少なくなってきました。アーシュラムやリシケーシでは、たくさんの思い出ができました。


●アーシュラムの生活
1月24日。
アーシュラムの生活もあと一週間くらいしかありません。何ができるだろうか…。バジャン・ホールのアーサナのクラスに出ましたが、今日も先生は来ませんでした。
朝食には初めて見る「豆」が出ました。部屋に持って帰って食べました。とてもおいしかった。今日は日課となっている「ナーラーヤン」には行きませんでした。
いつもどおり、10時にシヴァシャンカラーナンダさんのところで勉強。ランチは11時半の二回目の食事を摂りました。本当においしい。また食べ過ぎてしまいました。あのガツガツ食べる嫌なインド人のことを悪く言えません。

9時から10時まで、ヴェーダのお祭りということでバジャン・ホールに大勢のスヴァーミーたちが集まり、プージャーをしていました。ブラサードにバナナやお菓子をたくさんいただきました。プージャーの後は必ず何かをくれるのです。それを知っている子どもたちは、プージャーの終わりころになると、どこからともなく集まってきてはブラサードだけを貰っていきます。子供たちだけではありません。大人でも、終わりころにやって来てはブラサードだけを貰っていく人がいます。また、分かっていても誰も文句を言わないのがインドです。

昼食後リシケーシの町に行き、先日作ってもらったパジャマを詰めてもらいました。いくらなんでも大きすぎです。明日の2時ころにできるということです。帰りがけ、近くのお店で久しぶりにコーヒーを飲みました。
アーシュラムに帰ってきたら、大西さんから手紙が来ていました。13日にわたしが書いた手紙を受け取ったようです。大西さんたちは、先月の暮れにリシケーシに着た後、ネパールに行ったそうで、ネパールからロナワラのほうにも手紙を出してくれたとのことでした。

部屋でアーサナをしていると、チャンドラパトラが来ました。英訳の『バガヴァッド・ギーター』を持ってきてくれたのです。お礼に、先日上げると約束した袋と、指の付いた靴下、ひざのサポーター、ハチミツ、わたしの写真などをあげました。
夕食は「ナーラーヤン」でチャイ、パコラ、持参したインスタントみそ汁。さらに「マドラスカフェ」でマサラドーサとチャイ。味噌汁の匂いを嗅いだ子供は、ものすごい顔をしていなくなってしまいました。「日本人はこんなものを飲むのか!」と。
遅れないように、夜のサット・サンガへ。


1月25日。
5時起床。シャワー。気持ち良い。アーサナのクラス、今日は先生がいらしてくれました。クリシュナ先生のアーサナは結構ハードです。
朝食は部屋に持って帰って食べました。9時ころまで自習。「ナーラーヤン」でチャイを飲み、子供たちの写真を撮ってあげました。
10時にシヴァシャンカラーナンダさんのところで勉強。先日、スヴァーミーがお願いしてくれた『バガヴァッド・ギーター』が届いたようです。とても分厚い本です。アーシュラムにいる間に間に合うか心配していたのですが、なんとか間に合いました。でも、とても分厚くて重いので、この先持って歩くことはできません。日本に郵送するつもりです。
ただ、一緒に頼んでおいた『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』が来ないで、替わりに『デイリー ディヴァイン ダイジェスト』という本と、小さいサイズの『バガヴァッド・ギーター』が入っていました。

ダイニング・ホールで昼食、おいしい。でも食べ過ぎないように注意しました。昼食後は洗濯。ガンガーでの洗濯は気持ちが良い。チャンドラパトラと一緒に何人かのスヴァーミーの写真を撮ってあげました。ヨーガ・ニケータンにも行き、写真を撮りました。
チャンドラパトラと一緒に町に行き、修理に出していたパジャマを受け取りました。ちょうど良いサイズになっていました。
宮坂さんから手紙が来ました。宮坂さんは看護婦さんで、今回のこのインド旅行に持って行けと、いろいろと薬をくれた人です。わたしの担当しているヨーガ教室、「にんげん学校 市谷塾校」の世話人をしてくれています。そして、田原先生の奥さんの妹さんなのです。
手紙の中には「市谷塾校」の生徒たちの寄せ書きが入っていました。田原先生は手紙を書かなくてごめんなさい。とありました。大庭さんや真島さんや高木さんなどの生徒たちも一言ずつ書いてくれました。

夕食は、「ナーラーヤン」でチャパティとサブジー。
サット・サンガ、今日はシタール、タブラ、ヴィーナの演奏でした。とても良かった。スヴァーミーたちの講義だけではなく、たまにはこういうのがあっても良いと思います。
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by preman9798 | 2013-06-17 23:37 | Comments(2)

6月前半。

6月1日(土)、Y.L.S.の定例学習会『ヨーガ・スートラ』の最終回。
本当は丁寧に読みこんでいくのがベストなのですが今回は入門編ということで、、
おおよそどのようなことが説かれている教典なのかを学習しました。
わたし自身もたいへん勉強になりました。
次回からは『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』を学んでいきます。
ご存知の通り、ハタ・ヨーガの教典です。
以前は、インドのあるヨーガ・スクールから出ているものを訳して学びましたが、
今回はわたし自身の解説で読んでいきたいと思います。

2日(日)、Y.L.S.のサット・サンガ(ワークショップ改め)。
この日は「ムドラーとバンダ」。
ハタ・ヨーガの大事な行法ですが、あまり行われていないのが実状です。
三つのバンダ、マハー・ムドラー、マハー・バンダ、マハー・ヴェーダ、
ヴィパリータ・カラニーなどを行いました。
次回は「クンダリニーとチャクラ」です。


6日(木)は、池袋の「ニルヴァーナ・ヨガ・スタジオ」で『ヨーガ・スートラ』の講義。
やはり今回で最終回。
終了後、1階の中華料理「楼蘭」で食事。
ここは肉を使わない中華料理を出してくれます。
味もなかなかのものです。
「ニルヴァーナ・ヨガ・スタジオ」では一年くらいでしたが、
それ以前から同じ池袋の公民館で『インドの叡智』や
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』など2、3年学んでいました。
長い人は数年ご一緒したことになります。
少しさびしいです。
またヨーガを学ぶ機会がありましたらよろしくお願いします。


8日(土)は三島で、養成コース。
新幹線こだま号。東京からは約1時間です。
各駅なので空いています。
東京駅でお弁当の仕入れ。
実にいろいろなものを売っています。
お肉系、海鮮系、お寿司系、中華系、和食系などなど。
前回同様、宮城県の「シャケといくら弁当」を購入。
量もあまり多くなく、ちょうどよい。

三島駅の近くには日本大学の大きな校舎があり、
1階にはコンビニや喫茶店があります。
土曜日なので学生はまばらです。
養成生のK.M.さんが迎えに来てくれました。
三島の養成コース、本当に皆さん熱心です。
前半が『インドの叡智』、後半が実技。
質問もたくさん出ます。

明日は名古屋なので、三島駅前のビジネスホテルに宿泊。
いつもならば三島の人たちと懇親会なのですが、
この日はまっすぐホテルに戻り、一人さびしく食事。
みんなはどこのお店に行ったのだろう…。
何を食べいているのだろう…。


翌朝名古屋へ。
このホテルでは、朝6:00からパンやコーヒーやサラダくらいですが、
朝食が食べられるのです。
駅は目の前、歩いて3分。
やはり各駅停車のこだま号なので、空いています。
名古屋駅ではお昼のお弁当を買わなくてはなりません。
前回は「天むす」でしたが、今回は「野菜たっぷり弁当」。
大したものは入っていないのに結構高いです。
名古屋の生徒さんたちもたいへん熱心です。
1時間の休憩をはさんで、午前午後2時間ずつ、計4時間の勉強です。
聞くほうも疲れるでしょうね…。
ごめんなさい。

帰りもまた各駅の新幹線。東京まで3時間近くかかります。
三島と名古屋に行くときは「新幹線とお弁当」ばかりです。






わたしの初めてのインド・42

あと10日くらいでアーシュラムを出ようと思います。

●アーシュラムの生活
1月23日。
アーサナ・クラス、今日は先生がいらしてくれました。いつも来ていたアーサナの上手な白人の女の子が見えません。アーシュラムを出て行ったのだろうか。
朝食をダイニングで食べ、「ナーラーヤン」に行き、チャイ。ここのところの習慣です。
途中、ヨーガ・ニケータンにいるインド人に会ったので、中山さんのことを聞いてみました。中山さんはニケータンを出て、それから帰ってこないということです。ラクノウに行ったきりで、リシケーシには帰ってこないのでしょうか。
10時からシヴァシャンカラーナンダさんのところで勉強。
11時半の二回目の食事に。相変わらずシヴァーナンダ・アーシュラムの食事はおいしい。

昼食後、部屋で休んでいると、女の人がハチミツを売りに来ました。はじめ500gで10ルピーと言っていたのが、5ルピーになりました。本当はもっと安いのかもしれませんが、ハチミツの相場などまったくわかりません。おいしそうだったので買ってしまいました。
2時、頼んでおいたパジャマとクルタを取りにリシケーシの町まで行きました。久しぶりにトンガに乗りました。最近はずっと、町へは歩いて行っていたのです。
出来上がったパジャマはだいぶ大きく、脚がだぶだぶで長さも少し短いようです。なんだかとてもカッコ悪い感じがします。ちゃんと計って作ってくれたはずなのに、サイズが合っていないじゃないか!
せっかく町に来たので、お菓子を買い、また例の屋台でプーリーを食べました。あまり清潔とは言えませんが、おいしい! 行きはトンガでしたが、帰りは歩きです。

「ナーラーヤン」で休憩し、チャイを飲みました。チャンドラパトラに会ったら部屋に来いといわれました。チャンドラパトラにお願いしていた英訳の『バガヴァッド・ギーター』の小さいサイズの本というのは見つからなかったようです。
彼が、あるスヴァーミーに借りたというシヴァーナンダさんの自叙伝を見せてくれました。相当古い本のようですが、とても面白そうです。この本だけはぜひ手に入れたいと思いました。
帰りがけ、ミルクやバナナやフルーツをくれました。わたしはお礼にリシケーシで買ったパンとお菓子をあげました。

部屋でアーサナ。瞑想はあまりうまくいかなかった。難しい。
7時半ころ、バジャン・ホールに行ったらもうサット・サンガが始まっていました。そういえば昨日のサット・サンガでクリシュナーナンダさんから注意がありました。それで今日は開始時間も正確だし、出席者も多いのでしょう。
そのため、今日はいつも坐っている場所には坐れませんでした。たまたま坐った場所の隣に、いつも食事をがつがつ食べるいやな奴がいました。ヨーガも何もしないでいつもアーシュラム内をふらふらしているので有名なのです。そして、食事のときは他人の倍も食べるのです。
アーシュラムだからといって良い人ばかりがいるわけはありません。いろいろな人がいます。これはずっと後になって分かったことなのですが、スヴァーミー・シヴァーナンダという方はどんな人もアーシュラムに入れてくれたそうです。たとえを悪人や泥棒だと分かっていても、アーシュラムに滞在させ、必要なものを上げていたそうです。それがシヴァーナンダ・アーシュラムなのです。
だから、わたしのようなどこの馬の骨とも知らないような若造も親切に受け入れてくれるのです。
以前、シヴァーナンダ・アーシュラムはアーシュラムではなくシヴァーナンダ・ホテルだという、悪口を聞いたことがあります。
しかし、そんなことはすでに承知でシヴァーナンダさんは、大勢の人を、いろいろな人を受け入れてくれたのだと思います。
ここに滞在した人が少しでも精神的なものを感じてくれれば良いと…。
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by preman9798 | 2013-06-10 14:43 | Comments(0)