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長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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4月になりました

4日(木)、池袋ニルヴァーナ・スタジオで『ヨーガ・スートラ』講義。
あと二回で終了の予定。
みなさんとても熱心に聞いてくれる。
この勉強会は男性も三名います。
それに、池袋はわたしの家から一番近いスタジオなので楽です。

5日(金)、今日からY.L.S.の養成コースの『インドの叡智』の学習が始まりました。
代々木八幡区民会館で18:30~20:30。
今日はインダス文明まで。次回はアーリア人からです。
まだ始まったばかりです。興味のある方は是非いらしてください。

6日(土)は、ほんとうは喜多見でY.L.S.公開学習会『ヨーガ・スートラ』の日。
しかし、台風並みの「爆弾低気圧」で中止に。
結果的には大丈夫だったようですが、それは結果論。
皆さん家に帰れなくなったら大変です。


7日(日)は、Y.L.S.のサット・サンガ。今回は「教典に載っているアーサナ」ということで、
『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』や『ゲーランダ・サンヒター』に載っているアーサナを一つずつ行いました。
しかし、時間が足らず全部はできませんでした。
申し訳ありませんでした。
教典に載っているアーサナは結構難しいものが多く、全部できる人はあまりいませんでした。







わたしの初めてのインド・40

「わたしの初めてのインド」、アーシュラムの生活の続きです。


●アーシュラムの生活
1月18日。
朝5時起床。久しぶりにアーサナをやりにバジャン・ホールへ行きました。気持ちが良い。アーシュラム生活も残り少ないのだから、なるべく出るようにしよう。
朝食もダイニング・ホールで食べました。9時ころ「ナーラーヤン」に行き、タッパにライスを詰めてもらいました。なぜか今日のライスはものすごく硬い。水加減を間違えたのだろうか。
ついでにチャイを飲みました。
10時からシヴァシャンカラーナンダさんの講義。だんだん面白くなってきた。今日はジャパ・ヨーガのやり方について。そしていよいよ明日からはマーラー(数珠)を使っての実践です。
11時のランチの時間ですが、図書館に行っていろいろなヨーガの団体やアーシュラムの会報誌のようなものを読んでみました。
11時半の二回目のランチ。二回目のほうが空いていて良い。食後、再び「ナーラーヤン」でチャイ。いったい、一日何杯のチャイを飲むのだろう…。帰りにチャンドラパトラに会ったので、彼の部屋に行くことに。部屋には何にもありません。数冊の本と洗濯物が干してあるだけでした。今更ながらインド人の生活の質素さを目の当たりにした感じです。
チャンドラパトラと別れ、対岸に行ってみました。これという理由があるわけではありませんでしたが、「チョーティワラ」で、ラスマライというものすごく甘いお菓子とインドのお煎餅パパド、チャイを飲みました。
エアログラムを買いました。エアログラムは折りたたみの封書で、中には何も入れられませんが、ハガキよりもたくさん書けますし、封筒で送るよりも確実に日本に届くようです。
途中、道端に白い子牛がつながれていました。生まれたばかりのようでした。眼が大きく、まつ毛がとても長く、ほんとうに可愛い。

手紙が来ました。家からです。表にEXPRESSと書かれていて、12日に出したようです。速達なのに6日かかっています。普通郵便と変わりません。インドには速達というシステムがないようです。昨年、リシケーシに来た仲間のうち、大西さんが下痢をして羽田空港で調べられてしまったとのこと。コレラや赤痢でなければ良いが…。心配です。
5時15分からの瞑想。たったの3、4人しかいなかった。
夕食は「ナーラーヤン」でチャイを二杯飲んだだけで済ませました。夜、再びシヴゥシャンカラーナンダさんの部屋でいろいろと話す。そのため、サット・サンガには出られませんでした。
 

1月19日。
5時半に起き、昨日に引き続きアーサナのクラスへ。少ない。4人しかいませんでした。その後、シャワーを浴びました。気持ち良い! 
9時、例によって「ナーラーヤン」でライスをもらい。チャイを飲みました。10時にシヴァシャンカラーナンダさんのところへ。今日は木曜日なので「グルの日」。サマーディ・シュラインでプージャーがありました。わたしはマーラーを祭壇に置き、そのマーラーに念を入れるようにして一所懸命にお祈りをしました。きっと、このマーラーにはシヴァーナンダさんのご加護があるに違いありません。

今日はシヴゥシャンカラーナンダさんにマーラーの使い方を教えていただきました。また、今日は「エーカダシー」といって、インド人でも熱心な人は断食をする日なのだといわれました。
でもわたしはお腹がへったので、「ナーラーヤン」でサブジーとライス、パコラを食べてしまいました。
ガンガーで洗濯。冬でも日中は暖かく、洗濯物は河原に広げておくとすぐに乾いてしまいます。でも、置きっぱなしにすると盗まれてしまうので、ずっとそばにいなくてはなりません。

ローナワラの「アナンニケータン」の久保象永さんから手紙が来ました。とても大袈裟な文章なのでつい笑ってしまいました。今頃、前田先生や象永やカシナッツさんはどうしているでしょう…。懐かしいです。

中山さんが来て、歯が痛いのでラクノウという町まで治療に行くと言う。どうしても痛みが我慢できないと言っていた。かわいそうに。今日の夕方に発って、1週間くらいは向こうにいるとのこと。中山さんが日本人を連れてきました。なんと日本から一緒の飛行機で来た、ラジネーシのお弟子さんの一人です。二か月半ぶりの再会です。あの後、お互いにどうしたのか懐かしく話しました。
はじめ、他の仲間たちと一緒にプーナのラジネーシのアーシュラムに行く予定だったのが、途中で仲間たちのことが嫌になり、結局プーナにはいかなかったとのこと。代わりにゴアに行ったのだが、あまりきれいではなく、すぐに飽きてしまったらしい。そういえば森さんも海は汚いと言っていたのを思い出しました。
わたしもリシケーシを出た後、ゴアに行くつもりだったのですが、止めようかな…。
その後、三人でチャイを飲みに行き、中山さんはラクノウ行きの準備があるというので、先にヨーガ・ニケータンに帰って行きました。
わたしはもう一人の彼といろいろとおしゃべりをしながらリシケーシの町に行き、またチャイを飲んで帰ってきました。
途中、「物もらい」がお金をせびりに来たのですが、彼は、「こうやって太陽が降り注ぎ、鳥はさえずり、生きていることだけで感謝すべきだ」というような内容のことを流暢な英語で説教しはじめました。「物もらい」はいやな顔をすると、舌打ちをしてどこかに行ってしまいました。なるほどこういう撃退法もあるのかと思いましたが、残念ながらわたしには英語でそんなことを話せる能力はありません。

5時15分からの瞑想。ちょっと遅れたため、鍵がかけられてしまい部屋の中に入れませんでした。代わりに6時からの一時間の瞑想。
夕食は「ナーラーヤン」でチャパティとサブジー。

7時半、シヴァシャンカラーナンダさんのところへ行き、いろいろと話を聞きました。今日はシヴァーナンダさんの行なった奇跡を話してくれました。とても面白かったです。
話の中で、現在のアーシュラムの長であるチダーナンダさんは、シヴァーナンダさんが指名したのではなく、なくなった後、有力なお弟子さんたちの話し合いで決まったのだと教えてくださいました。
アメリカに行ったサッチダーナンダさんも一年に一回はアーシュラムに帰ってくると言っていました。今年は、ちょうどわたしがアーシュラムに来る少し前に来たそうです。アメリカ人の弟子もくっついてくるということでした。サッチダーナンダさんにお会いしたかったです。
また、シヴァシャンカラーナンダさんはプレーム・ヨーギー(ペア・ウインター先生)のことも知っていました。アーシュラムではすぐそばにいたらしく、とても良い人だと言っていました。ペア・ウインター先生は今日本でヨーガを指導していますよと教えてあげました。
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by preman9798 | 2013-04-08 09:14 | Comments(0)
3月31日(日)、高円寺の「シヴァーナンダ・ヨーガ・ヴェーダーンタ・センター」に。
今は月に一回になったワークショップで、『シヴァーナンダ・ヨーガ』の学習。

1977年、初めてインドに行ったときにシヴァーナンダ・アーシュラムに滞在し、
とても感動し、どうしてもシヴァーナンダという聖者を大勢の人に知ってもらいたいと思いました。
そんな思いで訳したのが『シヴァーナンダ・ヨーガ』でした。

『インドの叡智』を使っての授業はおかげさまでいろいろなところで開催させていただいていますが、『シヴァーナンダ・ヨーガ』をじっくりと学ぶ機会はあまりありませんでした。

しかし、ここシヴァーナンダ・センターはスヴァーミー・シヴァーナンダのお弟子であったヴィシュヌデーヴァーナンダさんが作られた組織の日本支部です。
ゆっくりと『シヴァーナンダ・ヨーガ』を学ぶことができます。

みんなと一緒に学んでいると、シァーナンダ・アーシュラムに滞在した時のことを思いだします。
わたしが今こうしてヨーガを学び続けていられるのも、
あの時にリシケーシのアーシュラムに滞在させていただいた経験が大きいと思います。

その『シヴァーナンダ・ヨーガ』の学習もあと一回で終わります。
4月27日(土)14:00~15:30、ぜひ、高円寺のシヴァーナンダ・センターにいらしてください。





わたしの初めてのインド・39

アーシュラムに居られるのもあとわずかというのに、なぜかシャキッとしません。がんばらなくては!


●アーシュラムの生活
1月17日。
寝坊。6時に起床。これで何日アーサナのクラスに出ていないのだろうか…。
9時前に、「ナーラーヤン」に行き、例によって、ご飯をタッパーに詰めてもらい、チャイを二杯飲みました。
9時半にシヴァシャンカラーナンダさんの部屋に行ったのですが、留守だったので戻ってこようとしたらちょうどスヴァーミージーにお会いしました。今日ハリドヴァールに行く予定だったのですが、アーナンダ・マイマが病気とのことで、ハリドヴァール行きは中止になってしまいました。
マーラーが欲しかったので、デーヴァーナンダさんのところに行き、見せてもらうことにしました。デーヴァーナンダさんは、生前シヴァーナンダさんが暮らしていたグルデーヴ・クティールに住んでいます。シヴァーナンダさんが生きていらしたときに、いろいろと身のまわりのお世話をされたということでした。
ルドラークシャ・マーラー(菩提樹の数珠)を四つ買いました。一つ60ルピーもしましたが、ここで買ったものならば間違いないと思います。ルドラークシャ・マーラーはシヴァ派の人が好んで持つマーラーです。
トラスィー・マーラーも二つ買いました。こちらはルドラークシャと比べると安く、一つたったの3ルピーということでした。トラスィー・マーラーはヴィシュヌ派の人が好んで持つマーラーです。一緒に行ってくれたシヴァシャンカラーナンダさんも欲しいということでしたので、一つ買って差し上げることにしました。

小学校の時からの友人から手紙が来ました。封を開けてみると、手紙と一緒に20ドル札が入っていました。よく途中で盗まれなかったものです。帰るとき紅茶を買ってきてくれとのこと。そして、余ったお金は使ってくれということでした。紅茶の価格なんてたかが知れています。いくらもしません。あとはわたしの小遣いです。しめしめ。
手紙によると、友人は、昨年のクリスマス、調子に乗って悪友たちと何軒もハシゴして、相当ボラレタとのことです。わたしがリシケーシで質素な生活をしているのに、きっと罰があたったのでしょう。

夕方、シャンカールが日本人を連れてきました。正直言って、なんとなく肌が合わないタイプです。一見おとなしそうですが、生意気そうです。いくらシヴァーナンダさんのお膝下でヨーガを学んでいても、合わない奴とはどうしても合いません。でも、20日には発つということなので、二三日の辛抱です。先輩ぶって、アーシュラムの中を案内してあげました。
夕食は案内がてら、久しぶりにダイニング・ホールで食べました。

夜のサット・サンガ、中山さんも来ていましたが、ヒンディー語での講義なので、途中で部屋に戻ってしまいました。
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by preman9798 | 2013-04-01 07:35 | Comments(0)