長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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青森サンガティ

29日(金)、青森に。
前日に青森の天気を調べたら、天気は良いが気温はたったの6度ということでした。
真冬並みです。
東京は暖かいので、少し格好悪いがダウンを着て行くことに。
東北新幹線「はやぶさ」。大宮を出たら、仙台、盛岡、そして新青森。
途中まではまったくなかった雪の跡ですが、終点近くになると畑や野原に見られます。

青森市民ホール。久しぶりに青森の人たちと会う。
とても良い人たちです。
東京のヨーガ・スタジオと異なり、生徒さんたちの平均年齢はかなり高めです。
しかし、ヨーガの学習をしたいという気持ちは東京の若い人たちよりも強いものがあります。
今回は青森サンガティ以外の方も数名参加してくださり、
すでに『インドの叡智』を読んでくださっていました。

青森県では、青森と八戸と弘前の三か所で行っています。
授業進度は青森が最も進んでいて、すでに『インドの叡智』の第3部に入っています。
今日はグルについての話でした。
サティヤーナンダさんの講演録も読みました。

青森ではお昼と夜の二回のクラスがあり、夜のクラスが終わった後は懇親会。
いつも青森の地元のおいしい料理をいただきます。
次回は6月に八戸に行きます。






わたしの初めてのインド・38

アーシュラムに来た当時はいろいろと戸惑うこともありましたが、すっかり自宅にいるような気分です。慣れとは恐ろしいものです。


●アーシュラムの生活
1月15日。
部屋でアーサナ。9時に「ナーラーヤン」でチャイを飲み、炊き立てのご飯を入れものに詰めてもらいました。
食事をして、10時からシヴァシャンカラーナンダさんのところへ。これが最近の生活のリズムになっています。
ジャパ・ヨーガを教えていただいている途中でしたが、隣の部屋のスヴァーミーが帰ってきたので中止して、隣の部屋に。このスヴァーミーはマレーシアの方だそうで、顔が日本人にそっくりでした。なんとなく親しみが持てます。
アーシュラムにはマレーシア人のスヴァーミーが何人かいらっしゃいます。シヴァシャンカラーナンダさんご自身もマレーシア出身です。
マレーシアにはインド人が多く、シヴァーナンダさんが若いころ、お医者さんとして働いていたということもあり、このリシケーシのアーシュラムにやってくる人も多いのです。

部屋に帰るとまた長い階段を上って来なくてはならないので、ランチの時間まで図書館にいました。ヨーガやインド哲学関係の本がたくさんあります。世界中の宗教団体の機関紙をあります。きっと世界中から送られてくるのでしょう。その中にアメリカで亡くなったパラマハンサ・ヨーガーナンダの団体が発行している雑誌がありました。とても立派な雑誌です。アメリカにはヨーガーナンダの大きな組織があるようです。

ランチを少し食べ過ぎたようです。ガンガーで本を読みました。倉田百三の『出家とその弟子』です。ご存じの方も多いと思いますが、親鸞と弟子の唯円との話が戯曲形式で書かれている作品です。ガンガーに坐って読んでいると、内容もさることながら、リシケーシという環境がそうさせるのでしょうか、涙が出てしようがありませんでした。
倉田百三がこの本を書いたのは、たしかその時のわたしとあまり変わらない年齢、20代の中頃だったと思います。

今月中にはアーシュラムを出るつもりです。リシケーシを出て日本に帰ったあと、どのようにしてこの雰囲気を維持していけばよいのだろうか。日本でこのような穏やかな生活が送れるものなのだろうか。心配です。
部屋に帰って少し昼寝をするつもりが寝すぎてしまい、珍しく5時15分からの瞑想を欠席してしまいました。ついさきほど、日本に帰った後どのようにアーシュラムの雰囲気を自分の生活の中に生かしたらよいかを真剣に考えたばかりなのに、昼寝のしすぎとは。情けない…。

夜のサット・サンガ、今日はなぜか満員でした。


1月16日。
朝早くからお湯を貰いに行き、身体や頭を洗いました。とても気持ち良い。部屋でアーサナ。
9時に「ナーラーヤン」でチャイ、サブジー、ライス。
シヴァシャンカラーナンダさんが来て一緒に事務所に。書類のようなものをもらい、『バガヴァッド・ギーター』『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』を注文。全部で28ルピー。スヴァーミーたちがみんな親切にやってくれました。とてもありがたい、自分一人では何もできません。

昼食、2回目のランチの時間に間に合いました。最初の時間よりも空いていてよい。部屋に帰って、セーターを洗いました。ずっと洗っていなかったので、真黒い水がたくさん出てきました。
「ナーラーヤン」でチャイを飲み、ガンガーで『出家とその弟子』の続きを読みました。ほんとうに面白い。こんなに面白い本がまだまだあるのです。日本に帰ったらたくさんの本を読みたいと思います。
明日はスヴァーミージーとハリドヴァールに行く予定です。
夜のサット・サンガはヒンディー語のため途中で退席。ごめんなさいです。
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by preman9798 | 2013-03-31 09:05 | Comments(1)

近況報告です

14日(木)はin Style Yoga 千葉スタジオで2回めのWS。
21日(木)は、in Style Yoga でのWSの最終回。
1月は千葉、2月は津田沼、3回目は千葉と三日間ずつのWSを三回行ないました。
たくさんの人が参加して下さり、とても楽しいWSでした。
若い人たちはアーサナにしか関心が無いのかと思っていましたが、とんでもありませんでした。
みなさんとても熱心に聞いてくださり、質問もたくさんありました。
また、機会がありましたらin Style Yogaでご一緒できればと思います。

そして、24日(日)は静岡のヨーガ・スタジオgyuttoでWS。
三島にはたびたび伺っているのですが、静岡は初めてです。
このスタジオは小澤和絵先生が主宰してしているスタジオです。

静岡駅から車で5分くらいでしょうか。
街路樹のある大きな通りに面したこじんまりとした雰囲気のあるスタジオです。
開始時間が近くなると、次々と参加者のみなさんが集まり、
少し窮屈なくらいに満員になってしまいました。

ネットを見てくれたのでしょうか、このスタジオの生徒さんだけではなく、
静岡のいろいろなところから参加してくださったようです。

三島のヨーガ・スペース・ビージャ主宰の加藤照美先生。、富士のプラナヴァン主宰の土井理恵先生。

毎月1回のペースで全5回のWSです。
第1回目は、前半(10:00~12:00)が『インドの叡智』を2時間。
後半は(12:30~14:00)『ハタヨーガ・プラディーピカー』に出ているアーサナを紹介しました。

後半のスケジュールは、
3月24日、アーサナ。
4月28日、プラーナーヤーマ。
5月12日、三つのナマスカーラ。
6月23日、シャット・カルマとムドラー。
7月21日、瞑想。
となっています。
ぜひ、ご参加ください。






わたしの初めてのインド・37

アーシュラムに来た当時はいろいろと戸惑うこともありましたが、すっかり自宅にいるような気分です。慣れとは恐ろしいものです。


●アーシュラムの生活
1月14日。
6時に起床。また寝坊してしまいました。少したるんでいるぞ。しっかりしろ!
寝坊しようが、講義をさぼって散歩に行こうが、だれも注意をしてくれません。自由にしてくれるということは、反面、とても恐ろしいことだと思います。いくらさぼっても、誰にも文句を言われません。よほど意志の強い人でなければ、このような環境はかえって難しいでしょう。
以前のように日本人の仲間がいれば、お互い声をかけあったりしたのですが、誰もいなくなってしまったこのごろ、自分自身がしっかりしなければ生活は楽なほう楽なほうへと傾いていってしまいます。

6時に起きたのでアーサナのクラスには間に合いませんでしたが、朝食は久しぶりにダイニング・ホールで食べました。チャナでした。ウプマのほうが好きなのだけれど…。
家に手紙を書きました。昨日、荷物を送ったのでそのうちに届くということ。母と叔母さんの誕生日が近いので、「おめでとう」ということなど。
9時ころ「ナーラーヤン」に行き、チャイを飲み、帰り際に炊きたてのご飯を密閉容器に入れてもらいました。

昨日の本を買ったときのレシートをチャンドラパトラが持ってきてくれました。10時にシヴァシャンカラーナンダさんのところに行き、一緒にスヴァーミー・クリシュナーナンダさんのダルシャンに。外人ばかり10人近くいたでしょうか。
今日はマハーサンカランティ(?)といって、パンジャーブ地方では今日から夜よりも昼のほうが長くなるということです。パンジャーブ版の「春分の日」なのでしょうか。

シヴァシャンカラーナンダさんにギーターの本を勧められました。一つは”The Bhagavdgita”by Svami Cidbhavananda、もう一冊は”Tolks on The Gita”by Vinoba。
後者は、マハートマ・ガーンディーと一緒に刑務所にいるときの話をまとめた本だということでした。
ただ、これらの本はアーシュラムには置いていないので、シヴァシャンカラーナンダさんが送ってくれるようにと出版社に手紙を出してくれました。もし、わたしがアーシュラムにいる間に間に合わなかったら、スヴァーミージーが日本に送って下さるとのこと。

今日が特別な日だからなのでしょうか、いつもの11時のランチが11時半になり、メニューもたいへん豪華でした。
「ナーラーヤン」でチャイ。その後ガンガーで日向ぼっこ。とても気持ち良い。なんでこんな穏やかなのだろうか…。
先日ローナワラに戻った森さんから手紙が来ました。リシケーシを出たら、デリーのナンビエールさんのところに寄れとのこと。良い人らしい。でもわたしはナンビエールさんという方を全く知らないし、勝手に日本人が寄ったらびっくりしてしまうと思います。それに、どうして森さんがその人と知り合ったのかも分かりません。

3時半にシヴァシャンカラーナンダさんが来て、一緒にリシケーシの町に。わたしはお線香と線香立て、大きなクリシュナの絵とお菓子を買いました。
シヴァシャンカラーナンダさんの友人のスヴァーミーが町の病院に入院しているというので、一緒にお見舞いに。こういうときにこそ「マハー・ムリティヤンジャ・マントラ」を唱えるのだと教えられました。

夜のサット・サンガ、いつもはクリシュナローという声の良い若者がハーモニュームを上手に弾きながら歌ってくれるのですが、今日は別の人でした。下手なのでガッカリ。

わたしが今まで聞いてきた中で一番上手にキールタンを歌うのが、このクリシュナローという若者でした。
今はもう50歳を超えているでしょう。インドのどこで何をしているでしょうか…。
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by preman9798 | 2013-03-25 10:48 | Comments(0)
10日(日)、名古屋でのワークショップ。
もう何回名古屋に行ったのだろう。
13:30からなので、あまり早く家を出なくてもよい。
東京駅10:10発の新幹線「のぞみ」。

名古屋駅で榊原さんと待ち合わせ。
もうすぐ、三島の加藤照美先生も来る。
ワークショップの後、Y.L.S.の養成コース説明会があるからです。

名古屋はとても寒かった。
天気もどんよりとしています。
曇りなんだか黄砂なのかわかりません。嫌な天気。
そして、市内は女子マラソンのため、交通渋滞。

今回の会場は「湘南シャイズ」。
以前にも使わせていただいたことのある、
今風のスタジオとはだいぶ異なるとても雰囲気のあるスタジオです。
同じ愛知県から豊橋の四ノ宮先生もお手伝いに来てくださいました。
名古屋に来るたびに会える、一緒にインドに行ったことのあるTさん。

今日も大勢の人が参加してくださいました。
前半はプラーナーヤーマ。
後半はハタ・ヨーガの瞑想。
質問もありました。

ワークショップ終了後は希望者で懇親会。
スタジオの近くの安くておいしい中華料理店。
授業の時よりもたくさんの質問がありました。
やはり飲食しながらのほうが気が楽なのでしょう。

今回は東京に帰らなくてはならないので、ゆっくりとできません。
盛り上がっているのに残念です。
駅で切符を買おうとしたら、指定は満席といわれ、
仕方がなく、グリーン席。
グリーン席はこれで二回目。何年振りだろうか。
あ~、もったいない。
少しお金を足せばビジネスホテルに泊まれたのに。

一緒に帰った加藤先生は三島なので「こだま」で帰宅。
こちらはガラガラだったそうです。





わたしの初めてのインド・36

リシケーシに来て本当に良かったです。シヴァーナンダ・アーシュラムに滞在できて本当に素晴らしい体験ができました。


●アーシュラムの生活
1月13日。
もっとヨーガをしっかりと学ぼうという決心もどこへやら。寝坊をしてしまいました。めんぼくない!
部屋でヨーガ。「ナーラーヤン」でチャイ。炊き立てのご飯を密閉容器に入れてもらい、部屋でかつお節とお醤油を混ぜて食べました。おいしかった。半分残しておいて、布団の間に入れて保存。またあとで食べよう。

洗濯をしました。10時からのシヴァシャンカラーナンダさんの話、とても面白い。今日はクリシュナの生涯のお話でした。
昼食はダイニング・ホールではなく、自分の部屋で朝の残りの「かつお節&お醤油」ご飯。布団の間に入れておいたのでまだ温かい。こんな素朴なご飯がとてもおいしい。
インドに長くいてこんな生活をしていれば、日本に帰った後も決して贅沢はしなくなるでしょう。

お土産を日本に送るために荷造りをしました。インドでは小包を白い布で梱包しなければなりません。白い布は森さんが置いて行ってくれたのがありました。自分で小包を白い布で縫いました。自分で言うのも変ですが、わたしは結構器用なのです。
わたしが中学生の頃、細いズボンが流行ったのですが、わたしは母に内緒で、ミシンでズボンの両側を縫って細くしたことがあったのです。多少、左右の幅のばらつきはありましたが、ちゃんとはけるものでした。白い布で小包を縫うなど朝飯前です。
当時、アーシュラムで買った本は、お願いすればスヴァーミーが梱包してくれ、タイプで住所を打ってくれたのです。

わたしはアーシュラム内にある郵便局に行き、本は船便でお願いしました。二か月くらいかかりますが、20ルピーでした。
お土産の入った小包のほうは航空便にしたので、105ルピーもかかりましたが、10日くらいで着くということでした。
アーシュラムの中に郵便局があり、何度も小包や手紙を送りましたが、100パーセント届いていました。アーシュラムだからかもしれませんが、一般に言われているほどインドの郵便事情が悪いとは思いません。

対岸に渡り、レストラン「チョーティワーラー」で定食とチャイとラスマライを食べました。チャイは高いだけあって、いつも飲んでいる「ナーラーヤン」よりも濃くておいしいものでした。
ここのところちょっと無駄遣いが多いような気がします。

5時15分のメディテーションに行こうとしたら、ちょうどシャンカラーナンダさんがカルカッタに行くところでした。リセプション・オフィスの前でマハー・ムリティヤンジャヤ・マントラを唱えながらお見送りしました。
「♪ オーム トリャンバカン ヤジャマヘー ~  」 
二週間ぐらいで戻ってくるということでした。縁があればまたお会いできるでしょう。
スヴァーミージーを見送ってから、あわてて夕方の瞑想へ。
夕食は「ナーラーヤン」でチャイ。ガンジス河のほとりで瞑想。
夜のサット・サンガ、ヒンディー語での講義だったということもあり、わたしを含め、外国人は途中でほとんどいなくなってしまいました。ごめんなさい。
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by preman9798 | 2013-03-11 09:28 | Comments(0)

ここ一週間

3月2日(土)、喜多見でY.L.S.の定例学習会『ヨーガ・スートラ』、今は第4章を学んでいます。
第4章は短いのであと2回くらいでしょうか。

3月3日(日)、Y.L.S.のワーショップ、今回は実技ではなく、『シヴァーナンダ・ヨーガ』から。
むかし、アーシュラムやインドで撮った写真を見せました。
写真の中には驚くほど若い自分が写っていました。

そして、アーシュラムでくれた「注意書き」や「一日のプログラム」
「サーダナ&タットヴァ」などの資料をコピーして配りました。これらも懐かしい。

4日(月)は池袋教室。昔の仲間たちとのヨーガ。
夜はUTLで『インドの叡智』の学習。

7日(木)、in Style Yoga 千葉スタジオでムワークショップ。千葉ではすでに1月に行っています。今回は7日、14日、21日の計三回です。
前二回と比べると、生徒さんは少しおとなしいような気がしました。
今回は最初からトリャンバカムの早野智子先生が一緒。
いろいろとアシストをお願いしました。

夜は月に一回の池袋のニルヴァーナ・ヨーガ・スタジオでの講義。
こちらも『ヨーガ・スートラ』。
ただ、Y.L.S.よりも少しおくれて始めましたので、まだ第3章を学んでいます。
今はニルヴァーナ・ヨーガ・スタジオを使わせてもらっていますが、
以前は池袋の公民館で『インドの叡智』や『ハタ・ヨーガ・プラディーピカー』
などを勉強していました。




わたしの初めてのインド・35

ほんとうに残り少なくなった貴重なアーシュラム滞在。それなのに、お土産を買いあさる自分がいます。恥ずかしいやら情けないやら。


●アーシュラムの生活
1月12日。
朝5時起床。部屋でヨーガ。6時、お湯を貰いに行き、頭や身体を洗いました。気持ち良い! 
そういえば最後に湯船に浸かったのは、カルカッタのフェアローンホテルです。あとはシャワーか水を浴びるだけでした。こうやってお湯で身体を洗えるなんて、幸せなほうです。

少し冷えてしまったので、「ナーラーヤン」にチャイを飲みに。年中行くので、もうすっかり顔になってしまいました。それにしても、どうしてインドで飲むチャイはこんなにおいしいのでしょうか。
10時にシヴァシャンカラーナンダさんのところでジャパ・ヨーガ。とても面白い。最初は退屈で、教えてもらわなければ良かったと後悔したこともありましたが、最近とても面白くなってきました。

11時、ルピーに両替をしにリシケーシの銀行に行きました。しかし、何かのトラブルがあったのか、デリーに問い合わせるので10日待てとのこと。
わたしが、今すぐルピーが必要なのだというと、それならばデラドンに行けとのこと。仕方がないので12時発のバスでデラドンへ。1時半ころに着き、どうにか間に合いました。インドの銀行が何時から何時までが開いているのかわかりません。下手をすると無駄足になってしまいます。

しかし、インドではたかが両替するのになんでこんなに苦労しなければならないのでしょうか。わざわざ両替するために、バスで1時間半も離れた町に行くなんて、日本では考えられません。
デラドンには「ステート・バンク・オブ・インディア」という大きな銀行がありますが、こんな大きな銀行でも両替に30分もかかりました。でも、「終わり良ければすべて良し」です。これがインドだと思って、イライラしないことです。
今は、リシケーシのような田舎でも、お土産屋さんなどで両替ができますが、昔は両替自体がひと仕事だったのです。両替だけで、半日を要したのです。

両替が済んだので、急いでリシケーシに帰りました。リシケーシのバススタンドにゆで玉子売られていました。インドの他の町では、屋台でゆで玉子やオムレツを売っている風景をよく見かけましたが、リシケーシは聖地なので肉や魚はもちろん玉子も売っているのを見たことがありませんでした。それがバススタンドで売っていたのです。わたしは二個ほど買って食べました。本当に久しぶりの玉子の味でした。

スタンドの近くのチャイ屋さんでわたしの叔父さんにとても良く似た人を見ました。チベット人だと思います。もともとチベット人は日本人に似ていますが、驚くほどわたしの叔父さんにそっくりなのです。
リシケーシの町で甘いお菓子を買い、お土産用にとアーシュラムで「歯磨き粉」と本を買いました。
夕方の瞑想。その帰りにシャンカラーナンダさんのところに寄り、「オーム」を書いてもらった石を受け取り、シヴァーナンダさんの”SURE WAYS for SUCCESS in LIFE and GOD-REALISATION”という本にサインをしてもらいました。

「ナーラーヤン」で夕食。夜のサット・サンガに中山さんが来たので、借りていた20ルピーを返しました。
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by preman9798 | 2013-03-09 10:09 | Comments(0)