長年学んできたヨーガと大好きなインドの話です


by preman9798
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インド日記・2

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2017年10月19日(木)

朝起きて、みっちりとヨーガ。
ホテルの部屋が広いからやり易い。
テレビを見る。いろいろなチャンネルで聖者(?)が講演をしている。
5:30にロビーに集合。まだ従業員たちはソファーの上で寝ていた。

ホテルのあるオールドデリーからニューデリー駅まで少し。
相変わらずニューデリー駅は混んでいる。
昔この駅で騙されたことがあった。
変な男が近づいてきて、もうその電車はない、うちのバスで行けというのだ。
電車に乗り遅れたこともあった。
そのときは仕方なくタクシーでリシケーシに行った。

インド自慢の「シャダブディ・エクスプレス」とはいっても、新幹線のある日本から見ればどうってことはない。
わたしと加藤さんがC-5という車両、早野先生、荻沼先生、斎木さん、千尋さん、松村さん、山内さんの六人はC-1という車両。
飲み物が出てきたり、サンドウイッチが出たり、至れり尽くせりです。
配ってくれるのは不愛想なおじさん。にこりともしない。
座席は二人掛けと三人掛け、だけど席は狭いのです。それにボロ。
車両にはトイレがついています。しゃがむスタイル、下に穴が空いていた。垂れ流しか。

電車のドアも自動で開閉することはありません。のんびり発車するので、電車が走り出してから、駆け上ったりします。
途中大分お客さんが降りたので、みんなのいるC-1の席へ。6:40頃に出発した「シャダブディ・エクスプレス」は12:00頃にようやくハリドヴァールへ到着。
電車を降りたら、タクシーの運転手が二人待っていてくれていた。
一人は派手なピンク色をしたクルタとパジャマを着ていた。初めて見た。こんな色のクルタとパジャマ。

まずはタポーヴァンの川崎あき子さんのところへ。
う~ん。大分変りましたね、この辺も。
先に来ていた上山清美さんも出迎えてくれた。
荷物を渡したり、受け取ったりした。たいへんな量だ。
早野先生と荻沼先生はこれを東京から持ってきたのだ。

わたしは大概のものはあき子さんに預けていたので、荷物が少なく助かった。
サンダル、シャツ、ズボン、帽子など。
スヴァーミー・ヴィシュヴァールーパーナンダジーとも再会、でも用事とかで出て行ってしまった。

タクシーを待たせておいて、今度はアーシュラムへ。
リセプション・オフィスで手続きをしなくてはならない。
一人、一人フォームに記入するので時間がかかった、パスポートやヴィザのコピーも。
部屋は「オードトリアム」という宿舎の47号室。みんなも42~45号室。ホテルのようだ、部屋にトイレもシャワーもある。
そういえば、40年前に最初に泊まったのは「ガネーシャ・クティール」。それから、「ゴーバル・ダムダム」という宿舎。「イーシュヴァラ・バヴァン」。そして「オードトリアム」。全宿舎の制覇か。

さっそく、グルデーヴ・クティールのバジャンとアーラティへ。ここはグルデーヴ・シヴァーナンダがマハー・サマーディに入るまで過ごされた部屋だ。
とても良い雰囲気。
ガンジス川のほとりある。スヴァーミー・シヴァーナンダは生涯ここを動かなかった。
この部屋でキールタン。
昔は子供たちのバジャンといって、デーヴァーナンダさんが仕切っていた。
夜遅くてサット・サンガに出られない子供たちが大勢来ていた。
最近は子供が一人もいない。大人ばかりだ。

食事は副総長のヨーガスヴァルーパーナンダジーが気を利かせてくださって、スペシャルルームで摂るようにしてくださった。しかし、どこか違う…。
やはりアーシュラムの人たちと一緒に、あぐらで右手で食べたい。

夜のサット・サンガは、ディワリのスペシャル・プージャー。サマーディ・シュラインに
300人くらい集まっただろうか。

疲れた一日だ。
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by preman9798 | 2017-10-27 09:44 | Comments(0)