高円寺のシヴァーナンダ・センター
2013年 04月 01日
3月31日(日)、高円寺の「シヴァーナンダ・ヨーガ・ヴェーダーンタ・センター」に。
今は月に一回になったワークショップで、『シヴァーナンダ・ヨーガ』の学習。
1977年、初めてインドに行ったときにシヴァーナンダ・アーシュラムに滞在し、
とても感動し、どうしてもシヴァーナンダという聖者を大勢の人に知ってもらいたいと思いました。
そんな思いで訳したのが『シヴァーナンダ・ヨーガ』でした。
『インドの叡智』を使っての授業はおかげさまでいろいろなところで開催させていただいていますが、『シヴァーナンダ・ヨーガ』をじっくりと学ぶ機会はあまりありませんでした。
しかし、ここシヴァーナンダ・センターはスヴァーミー・シヴァーナンダのお弟子であったヴィシュヌデーヴァーナンダさんが作られた組織の日本支部です。
ゆっくりと『シヴァーナンダ・ヨーガ』を学ぶことができます。
みんなと一緒に学んでいると、シァーナンダ・アーシュラムに滞在した時のことを思いだします。
わたしが今こうしてヨーガを学び続けていられるのも、
あの時にリシケーシのアーシュラムに滞在させていただいた経験が大きいと思います。
その『シヴァーナンダ・ヨーガ』の学習もあと一回で終わります。
4月27日(土)14:00~15:30、ぜひ、高円寺のシヴァーナンダ・センターにいらしてください。
わたしの初めてのインド・39
アーシュラムに居られるのもあとわずかというのに、なぜかシャキッとしません。がんばらなくては!
●アーシュラムの生活
1月17日。
寝坊。6時に起床。これで何日アーサナのクラスに出ていないのだろうか…。
9時前に、「ナーラーヤン」に行き、例によって、ご飯をタッパーに詰めてもらい、チャイを二杯飲みました。
9時半にシヴァシャンカラーナンダさんの部屋に行ったのですが、留守だったので戻ってこようとしたらちょうどスヴァーミージーにお会いしました。今日ハリドヴァールに行く予定だったのですが、アーナンダ・マイマが病気とのことで、ハリドヴァール行きは中止になってしまいました。
マーラーが欲しかったので、デーヴァーナンダさんのところに行き、見せてもらうことにしました。デーヴァーナンダさんは、生前シヴァーナンダさんが暮らしていたグルデーヴ・クティールに住んでいます。シヴァーナンダさんが生きていらしたときに、いろいろと身のまわりのお世話をされたということでした。
ルドラークシャ・マーラー(菩提樹の数珠)を四つ買いました。一つ60ルピーもしましたが、ここで買ったものならば間違いないと思います。ルドラークシャ・マーラーはシヴァ派の人が好んで持つマーラーです。
トラスィー・マーラーも二つ買いました。こちらはルドラークシャと比べると安く、一つたったの3ルピーということでした。トラスィー・マーラーはヴィシュヌ派の人が好んで持つマーラーです。一緒に行ってくれたシヴァシャンカラーナンダさんも欲しいということでしたので、一つ買って差し上げることにしました。
小学校の時からの友人から手紙が来ました。封を開けてみると、手紙と一緒に20ドル札が入っていました。よく途中で盗まれなかったものです。帰るとき紅茶を買ってきてくれとのこと。そして、余ったお金は使ってくれということでした。紅茶の価格なんてたかが知れています。いくらもしません。あとはわたしの小遣いです。しめしめ。
手紙によると、友人は、昨年のクリスマス、調子に乗って悪友たちと何軒もハシゴして、相当ボラレタとのことです。わたしがリシケーシで質素な生活をしているのに、きっと罰があたったのでしょう。
夕方、シャンカールが日本人を連れてきました。正直言って、なんとなく肌が合わないタイプです。一見おとなしそうですが、生意気そうです。いくらシヴァーナンダさんのお膝下でヨーガを学んでいても、合わない奴とはどうしても合いません。でも、20日には発つということなので、二三日の辛抱です。先輩ぶって、アーシュラムの中を案内してあげました。
夕食は案内がてら、久しぶりにダイニング・ホールで食べました。
夜のサット・サンガ、中山さんも来ていましたが、ヒンディー語での講義なので、途中で部屋に戻ってしまいました。
今は月に一回になったワークショップで、『シヴァーナンダ・ヨーガ』の学習。
1977年、初めてインドに行ったときにシヴァーナンダ・アーシュラムに滞在し、
とても感動し、どうしてもシヴァーナンダという聖者を大勢の人に知ってもらいたいと思いました。
そんな思いで訳したのが『シヴァーナンダ・ヨーガ』でした。
『インドの叡智』を使っての授業はおかげさまでいろいろなところで開催させていただいていますが、『シヴァーナンダ・ヨーガ』をじっくりと学ぶ機会はあまりありませんでした。
しかし、ここシヴァーナンダ・センターはスヴァーミー・シヴァーナンダのお弟子であったヴィシュヌデーヴァーナンダさんが作られた組織の日本支部です。
ゆっくりと『シヴァーナンダ・ヨーガ』を学ぶことができます。
みんなと一緒に学んでいると、シァーナンダ・アーシュラムに滞在した時のことを思いだします。
わたしが今こうしてヨーガを学び続けていられるのも、
あの時にリシケーシのアーシュラムに滞在させていただいた経験が大きいと思います。
その『シヴァーナンダ・ヨーガ』の学習もあと一回で終わります。
4月27日(土)14:00~15:30、ぜひ、高円寺のシヴァーナンダ・センターにいらしてください。
わたしの初めてのインド・39
アーシュラムに居られるのもあとわずかというのに、なぜかシャキッとしません。がんばらなくては!
●アーシュラムの生活
1月17日。
寝坊。6時に起床。これで何日アーサナのクラスに出ていないのだろうか…。
9時前に、「ナーラーヤン」に行き、例によって、ご飯をタッパーに詰めてもらい、チャイを二杯飲みました。
9時半にシヴァシャンカラーナンダさんの部屋に行ったのですが、留守だったので戻ってこようとしたらちょうどスヴァーミージーにお会いしました。今日ハリドヴァールに行く予定だったのですが、アーナンダ・マイマが病気とのことで、ハリドヴァール行きは中止になってしまいました。
マーラーが欲しかったので、デーヴァーナンダさんのところに行き、見せてもらうことにしました。デーヴァーナンダさんは、生前シヴァーナンダさんが暮らしていたグルデーヴ・クティールに住んでいます。シヴァーナンダさんが生きていらしたときに、いろいろと身のまわりのお世話をされたということでした。
ルドラークシャ・マーラー(菩提樹の数珠)を四つ買いました。一つ60ルピーもしましたが、ここで買ったものならば間違いないと思います。ルドラークシャ・マーラーはシヴァ派の人が好んで持つマーラーです。
トラスィー・マーラーも二つ買いました。こちらはルドラークシャと比べると安く、一つたったの3ルピーということでした。トラスィー・マーラーはヴィシュヌ派の人が好んで持つマーラーです。一緒に行ってくれたシヴァシャンカラーナンダさんも欲しいということでしたので、一つ買って差し上げることにしました。
小学校の時からの友人から手紙が来ました。封を開けてみると、手紙と一緒に20ドル札が入っていました。よく途中で盗まれなかったものです。帰るとき紅茶を買ってきてくれとのこと。そして、余ったお金は使ってくれということでした。紅茶の価格なんてたかが知れています。いくらもしません。あとはわたしの小遣いです。しめしめ。
手紙によると、友人は、昨年のクリスマス、調子に乗って悪友たちと何軒もハシゴして、相当ボラレタとのことです。わたしがリシケーシで質素な生活をしているのに、きっと罰があたったのでしょう。
夕方、シャンカールが日本人を連れてきました。正直言って、なんとなく肌が合わないタイプです。一見おとなしそうですが、生意気そうです。いくらシヴァーナンダさんのお膝下でヨーガを学んでいても、合わない奴とはどうしても合いません。でも、20日には発つということなので、二三日の辛抱です。先輩ぶって、アーシュラムの中を案内してあげました。
夕食は案内がてら、久しぶりにダイニング・ホールで食べました。
夜のサット・サンガ、中山さんも来ていましたが、ヒンディー語での講義なので、途中で部屋に戻ってしまいました。
by preman9798
| 2013-04-01 07:35